2月末に出たばかりの英国の新しい新聞「ニューデー」。前向きのニュースを明るく伝える、政治的にはニュートラルと言う英国の新聞界では珍しい編集方針でスタートし、私自身も時折買っていたが、明日6日付が最後で、市場から消えてしまうことになった。
なぜ消えることになったのか?
同じく在英ジャーナリストの木村正人さんがすっきり分かる形で論考を書いている。
一部始終についてはそちらを拝読いただきたいのだが、「紙はもうだめだから」「デジタルの世界だから」・・・という理由に若干、付け足してみたい。
「紙だから、無理だった」…だけではない
ニューデー廃刊の理由として、「紙だから、無理だった」と言うのがまあ、普通の理由になるのだろうけれども、それ以上のもろもろがあったように思えてならない。
と言うのも、数週間前のスタート時からもうすでに、紙はだめ・・・という状況が続いていたからだ。
では、何がダメだったのだろう?以下は私が考えるいくつかの要因だ。
ライバルが多すぎた
まず、ライバルが多すぎた。ロンドンの例をとってみよう。朝は無料紙メトロがある。駅構内にうずたかく積まれている。通勤時に電車に乗るとき、これをついつい取る人は多い。
午後には夕刊紙「ロンドン・イブニング・スタンダード」が出始める。これも無料である。その日に起きたニュースが夕方には読めるので、非常に便利。夕方、ロンドン市内の電車に乗って、スタンダードを手に取ってない人を見ない・・・なんてことは一度もない。
1日のうちに、メトロ、スタンダードと言う2大無料紙が出ているのである。
さらに、高級紙「インディペンデント」の簡易版「アイ(i)」がある。これが1部40ペンス。実に読みやすい。かつ、内容はしっかりしている。ということで、今、26万部程出ている。本家のインディペンデントは5万部ぐらいになって(かつては40万部)、とうとう3月末で、紙版を廃止。電子版だけになってしまったのである。
このほかには大衆紙で手軽に買えるサン、デイリー・メール、デイリー・ミラー、デイリー・スターが20ペンスから40ペンスぐらい。
高級紙ガーディアン、タイムズ、テレグラフなどはその4倍以上の値段になる。ページ数も多い。さらっと読みたい人が敬遠するのも無理はない…残念ながら。第一、高級紙(日本の全国紙に相当)を読むような人は、教育程度が高く、スマホの利用率も高いから、アプリでニュースを読むのが得意中の得意である。よっぽど家で定期購読している人でないと、スマホでニュースを通勤時に読んでしまうのだ。
値段が高すぎる
上の「ライバルが多すぎる」にも関連するのだが、値段がニューデーは50ペンスで、これは少々高いのである。つまり、「アイ」のライバルとなるのだから、それより高いなんて・・・それで買ってくれると思ったら…それはやっぱり無理でしょう。
アイは非常にブランド力が強い。インディペンデントが本家だけれど、紙版を廃止して電子版オンリーになった時、アイだけは別の新聞社=ジョンストンプレス=に買われてしまったぐらいである。
発行元のトリニティー・ミラー社はアイの大人気を見て、それにあやかろうと思ったらしいけれど、ニューデーの価格をアイより高くするなんて、無謀だろうと思う。これでは勝てない。
諦めが早すぎる
それにしても、諦めが早すぎるのである。毎日、部数が減って、赤字が出るのはさぞつらかっただろうと思う。
しかし、ブランドが浸透するには時間がかかる。英国内の地方の隅々にまでその名が知られたとは思えない。
出版社は、このデジタル時代に紙の新聞を普及させようと思ったら、相当の覚悟、つまりはかなり深いポケット(お金)がないとだめだ。でっかいテレビのコマーシャルをどんどんやり、少なくとも半年間は赤字大覚悟でやらないとー。
BBCの記事にガーディアンのメディア評論家ロイ・グリーンスレード氏のツイートが載っていたのだけれど、これは最初から最後まで出版社の経営の大失敗であって、決して編集長のせいにはするなと書いている。私もそう思う。
この記事の中には、紙で読む新聞を楽しんでいた人のコメントも紹介されている。
新聞は命ある生き物だと思う。あるいは、料理でもいい。心を込めて作っている途中で、「時間がないからやめなさい」と言われたら、どうするだろう。
命を吹き込んだ何物かを作るとき、そこには作った人のエネルギー、心意気、血と汗と涙が投入されている。新聞の場合は相当な額のお金もだ。
明日6日が最終号と言うことは、5日の編集作業が最後。最終版を印刷所に送ったら、編集部の仕事は終わりだ。想像だけだが、部内の熱気と沈痛を思うと胸が痛む。
結局のところ、ニューデーは経営陣の不十分な経営計画の犠牲になったのだと私は思う。
編集部より;この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2016年5月6日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。