安倍首相はG7伊勢志摩サミット議長国会見において「私たちは,今そこにある「リスク」を,客観的に,正しく認識しなければならない。リスクの認識を共有しなければ,共に力を合わせて問題を解決することはできない。」と述べている(外務省のサイトより引用)。
さらに「世界的に市場が動揺している。それはなぜか?最大のリスクは新興国経済に「陰り」が見え始めていることである。」、「その新興国経済が,この1年ほどで急速に減速している現実がある。」
「原油をはじめ鉄などの素材、農産品も含めた商品価格が、1年余りで5割以上下落した。これはリーマンショック時の下落幅に匹敵し、資源国をはじめ農業や素材産業に依存している新興国の経済に大きな打撃を与えている。」
「成長の糧である投資も減少している。昨年、新興国における投資の伸び率は、リーマンショックの時よりも低い水準にまで落ち込んだ。新興国への資金流入がマイナスとなったのもリーマンショック後、初めての出来事である。」
このように安倍首相は現在の新興国の景気減速と2008年のリーマン・ショックを比較する数値が並ぶ資料を提示した上で、サミットで世界経済の「リスク」を強調した。
その資料について、毎日新聞は6月1日の記事において、「作成は経済産業省出身の今井尚哉・首相政務秘書官と菅原郁郎・同省事務次官らの「経産省ライン」が主導したとされる。」と指摘している。外務省や財務省はどうやらこの資料については24日あたりまで知らされていなかったようである。
またこの資料を見たG7首脳の間でも困惑は広がり、キャメロン英首相は「危機とまで言うのはいかがなものか」と反論したとか。
リーマン・ペーパーで指摘したかったのは、まず2016年に入ってからの世界的な株価の下落や円高の進行があろう。原油価格の下落とその背景にあった中国などの景気減速懸念が、金融市場でリスク回避という動きに現れた。それを安倍首相は「世界的に市場が動揺している」と指摘した。
確かに今年1月あたりは動揺が走ったものの一過性のものであった。特に原油価格はWTIでみると1月末から2月上旬にかけて一時30ドルを割り込んだが、その後50ドル台に戻している。ここ1年あまりで原油価格だけでなく商品価格が大きく落ち込んでいることは事実であるが、問題は価格の動向よりもその背景にあるものであろう。
2008年に原油価格が急騰後に急落したのは、中国などの新興国バブルを背景とした原油先物など商品価格に投機的な動きがあったためである。それがリーマンの破綻などで金融危機が表面化し、一気に原油先物市場などで投げ(売り)が入り急落したのである。
しかし、リーマン・ショックやその後の欧州の信用危機に対応するため、日米欧の中央銀行が積極的な金融緩和策を講じ、その結果、新興国の市場への資金流入は継続し、新興国経済バブルをもう少し延命させることとなった。
しかし、FRBのテーパリングや利上げなどの正常化の動き見られるように、世界的な危機の後退が意識されるようになり、過剰流動性によって支えられていた新興国バブルがいよいよ崩壊し、それが今年1月の原油価格の下落に繋がったと言える。
ただしこれは2008年のような世界的な金融危機とはまったく次元が異なるものである。正常化に向けた正常な調整と言っても良い。もし仮に中国バブルの崩壊が世界経済を揺るがすというのであれば、世界経済の中核を占める米国が追加利上げを模索することなどはできないはずである。
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編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2016年6月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。