中国軍事攻勢の報道で、メディアの責任は重大だ

井本 省吾

5日の本ブログ「安倍首相は『今そこにある危機』を語れ」で、安倍首相が事の重大さを語らないだけでなく、「大手メディアも産経を除き、ほとんどがこの事実(東シナ海上空で中国軍の戦闘機が空自戦闘機に対し攻撃動作を仕掛け、空自機が自己防御装置を使用して離脱した事実)を紙面やテレビで指摘せずに黙っていると書いたが、これは間違いだった。

読売、毎日、日経、共同、時事通信は、事実関係を伝えている(朝日だけはほとんどやっていない)。

しかし、短い地味なニュースが多く、解説は皆無に近い。このため日中関係の軍事的な緊迫度がどの程度なのかが、一般に読者にはわからない。「攻撃動作」と書かれても、「攻撃動作って?」と多くの読者は思うだろう。

かつ政府関係者は、織田邦男元航空自衛隊空将がJBプレスに書いた一触即発の危機について「事実と異なる。中国の戦闘機に攻撃動作をかけられたという事実はない」と否定する。日中間にそんなに緊迫した空気はないと否定するのに躍起なのだ、という印象がある。

だが、本当にそうか。実際はもっとアブない状況なのではないか。

西尾幹二氏が「安倍首相への直言 なぜ危機を隠すのか」という論文を書いたWILL9月号に、佐藤守・元空将、潮匡人・拓殖大学客員教授の対談「戦闘機の攻撃動作 もはや空のテロリストだ!」を読むと、その感を深くする。

共同通信の6月30日号にこうある。

防衛省の河野克俊統合幕僚長は30日の記者会見で、中国機が空自機に「攻撃動作を仕掛け、空自機が離脱した」との記事に関し「攻撃動作を取った事実はない」と否定。内容は不適切との認識を示した

これだけ読んで、日中間の緊迫度を理解できる一般読者はほとんどいないだろう。だが、上記対談を読むと、事態は明らかとなる。すなわち--。

通常、空自機のパイロットはよほどの事がない限り、自己防御装置を使用することはない。「自己防御装置」とはフレア(炎)のことで、熱を出すフレアを機体から発出すると、敵のミサイルは空自機ではなく、空自機が撃ちだしたフレアをめがけて飛んで行く。そのため、フレアを撃ちだすことで自機へのミサイル命中を防ぐことができる。

つまり、ミサイルで攻撃されそうになったと感じたパイロットがフレアという「自己防御装置」を使用するのである。「ミサイルで打たれるかも知れない!」というギリギリの危機を感じたパイロットがとっさに放つのがフレアなのだ。

共同によれば、河野克俊統合幕僚長は「中国機が(ミサイル発射という)攻撃動作を取った事実はない」としている。事実はそうだったのかも知れない。だが、空自機のパイロットが「あぁ、打たれそうだ!」と感じるほど中国機が自機の背後に急接近して、驚いてフレアを発出し、その場を離脱することはありうる。

再び共同通信によれば、河野幕僚長はなんと、空自機が離脱する際に「自己防御装置を使用した」点について「使ったか使っていないかは言及しない」と明言を避けている。

役所の高官としてウソはつけない。ということは、空自機は自己防御装置(フレア)を使ったのである。それほど緊迫し、一触即発に近い状態にあったということだ。

できるだけ日中間の緊迫関係を少なく見せたいとする安倍政権の意向が政府高官の説明にうかがえる。織田氏は「そんなに安心できる状況ではないのだぞ」ということを示すために、自衛隊OBの立場から、JBプレスに問題点をさらけだしたのだろう。

ところが、「政府の方針に反することをOBの織田氏に知らせたのは誰だ?」と犯人探しが起こっているという。

空自機の現場は、もしかしたら中国機にミサイルで攻撃されるかも知れないところまで追い込まれている。その状況への配慮、気遣いなしに、戦闘の発火を恐れる政府首脳。これは自衛隊の士気を相当に下げることになると、佐藤氏は危惧している。

何も徒らに危機をあおり、紛争をエスカレートせよと言うのではない。だが、安倍政権には、中国機が「本気でやる気なら、こちらにも覚悟がある」という言葉をほのめかすぐらいの器量がほしい。

それは結果として実際の戦闘を抑止する効果があるのだ。現に、いくつかの新聞がこの問題を書いたことから、中国政府はそれを機にしてか、次のように反応している(時事通信7月4日)。

中国国防省は4日、東シナ海上空で先月17日に日本の空自機が中国軍機に対し緊急発進したことについて談話を発表し、「日本のF15戦闘機2機が高速で接近挑発し、火器管制レーダーをわが方に照射した」と主張して、日本側が「挑発行動」を仕掛けたと非難した。 国防省は……中国軍のスホイ30戦闘機2機が、東シナ海に中国が設定した防空識別圏内で「通常のパトロール」を行っていた際に、レーダー照射を受けたと訴えた。

国防省によれば、空自機はミサイルをかく乱するための防御装置(フレア)を作動させ、「逃げた」という……。 その上で、日本に対し「一切の挑発行為の停止」を求めるとともに、不測の衝突を避けるための「海空連絡メカニズム」の早期運用開始に向けて条件を整えるよう促した

中国政府らしく日本側の主張とまるで逆だが、不測の衝突を避けようとしている点は評価できよう。むろん、これで緊張が弱まるとは思えない。だが、ここで重要なのはこちらが騒げば、中国も下手な行動はとりにくいということだ。

政府が事態を隠蔽したり、メディアが事の重大さを理解せずに、事態を小さく小さく扱う、とかえって「不測の事態」が週ずる恐れが高まるのである。

メディアは事態の情報を適切に、ある程度詳しく伝えるだけでなく、わかりやすい大きめの解説を適宜、提供することが欠かせない。中国軍の行動の詳細報道について今、メディアの責任は重大なのだ。