日銀の国債買入縮小で何が起きるのか

久保田 博幸

日銀は9月20、21日の金融政策決定会合において、2%の物価安定の目標をできるだけ早期に実現する観点から、量的・質的金融緩和・マイナス金利付き量的・質的金融緩和のもとでの経済・物価動向や政策効果について総括的な検証を行う。総括の内容とそれを前提としたフレームワークの変更があるのかどうかもわからないが、国債の買い入れを柔軟なものとするのではとの観測がある。

9日の産経新聞は、緩和の縮小(テーパリング)とみなされる購入量の大幅減少は避けるが、現在年80兆円の買い入れ額を「70兆~90兆円」などと幅を設ける案などが浮上しているという。

テーパリングという言葉は、米国の中央銀行にあたるFRBが2013年12月に決定した毎月の「国債買入額の減少」を意味する。日銀は現在、長期国債については保有残高が年間約80兆円に相当するペースで増加するよう買入れを行っている。これに関して日銀の木内審議委員は講演で下記のような発言をしている。

「日本銀行が、政府の発行額相当分を市中から購入するだけでは、残高増加目標を達成するのが難しくなってきていることを示唆しており、目標に届かない分は、金融機関から償還前の長期国債を購入する必要性が高まっていると考えられます。まさにこのようなタイミングで、金融機関の国債売却のインセンティブを下げるようなマイナス金利が導入されたことを十分に認識しておく必要があると思います。」

「私は、国債買入れ(長期国債保有残高の増加ペース)を減額することで、国債市場の安定を確保しつつ、効果と副作用のバランスを改善させることができると考えています。一方、日本銀行が長期国債の保有残高を削減しなければ、政策効果の減少に繋がる実質長期金利の上昇を回避することは可能であり、これまで獲得してきた効果をしっかりと確保することができると考えています。こうした考えのもと、私は、昨年4月から、国債買入れの減額を提案しています。」

FRBのテーパリングは異常な金融緩和策からの出口政策を意味し、テーパリング終了後、昨年12月に次のステップとなる利上げを決定している。このようにテーパリングは緩和策の反対、引き締め政策と映るため、日銀としてはテーパリングを9月に決定するようなことは避けるであろう。しかし、買入額の数字に幅を設けることで、国債買入そのものも柔軟に対応できるようにするという手段は検討される可能性はある。しかし、これは実質テーパリングとなるのではないかとの批判が出ることも予想される。

一方、このようなタイミングでテーパリングを日銀が決定すればデフレからの脱却がさらに困難になるとの意見があるようだが、異次元緩和で物価目標の達成どころか消費者物価指数は前年比マイナスに沈む中、金融緩和や引き締めでむしろ物価が簡単に動かせるわけではないことも明らかになっており、あまりこの意見には説得力はない。

ただし、日銀のテーパリングは金融市場に直接影響を与える可能性がある。2013年6月19日のFOMC後の記者会見において、当時のバーナンキ議長は、失業率が低下基調を維持するなどの経済情勢が見通しどおりに改善すれば、今年後半に資産購入プログラム(LSAP)の規模縮小をスタートさせる(つまりテーパリング)のが適当と見ていると述べた。これをきっかけに米国の株式や債券が大きく下落し、これは「バーナンキ・ショック」と呼ばれた。同様の事態が東京市場で起きる懸念はある。

最も注意すべきことは、日本の債券市場は日銀の国債買入の減額をタブー視していたという歴史が存在するということである。これにはいろいろな要因が重なってのものと思われるが、そのひとつが1998年末の資金運用部ショックと呼ばれる国債価格の急落である。これは日銀ではないが資金運用部の国債買入減額がひとつのきっかけとなっていた。

日銀は2006年に量的緩和政策とゼロ金利政策を解除したが、その際には国債の買い入れ額は維持している(テーパリングはしていない)。それ以前に速水総裁時代は量的緩和として国債の買い入れ増額を何度か決めていたものの、福井総裁時代は量を増やしても国債の買い入れ額には手を付けていなかった。これは国債買入の減額が難しいことを認識していたからであろう。

白川総裁時代でも国債買入には慎重となり、2010年10月に決めた包括緩和政策では別枠で国債買入を増額するとしたが、少し待てば償還されて減額も容易な中期債に限っていた。しかし、黒田総裁はそんなタブーは完全に無視して巨額の国債買入と買い入れる国債の年限も思い切って長期化していた。これによりむしろテーパリングをさらに困難にさせたともいえる。

日銀が自発的にテーパリングを行うとすれば物価目標が達成した結果ということになろうが、果たして物価目標は達成できるのか。このままずるずると巨額の国債買入を続けていると、いずれ国内投資家からの保有国債の引きはがしにも限界がくる。そのときに、しかたなく日銀がテーパリングを行うことになれば、市場は大きく動揺することも予想される。何度も繰り返すが日銀は今まで国債買入の額を減らした経験はない。米国でテーパリングが成功したからといって日本でも問題ないとは言い切れない。かなりうまく市場との対話を進めない限り、日銀のテーパリングにより長期金利が飛び跳ねる危険性もあるのである。

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編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2016年8月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。