国が“氷河期世代”をなんとかしようと言い出した時に読む話

今週のメルマガの前半部の紹介です。先日、こんなニュースが話題となりました。

厚労省、氷河期世代の正社員化後押し 企業に助成金

従来もトライアル雇用制度やジョブカード制度といった非正規雇用の正社員化支援制度はいくつかありましたが、特定の世代を全国レベルで支援というのは恐らく初の試みだと思われます。

とりあえずその世代にしわ寄せがいってしまっている事実を認めたという点で評価してもいいんじゃないでしょうか。10年くらい前には「ロスジェネなんて幻想、単に本人たちの努力不足なだけ」なんて言っちゃってる人も結構いましたからね。

ただ、いまや40代となった彼らを正社員に押し上げるのは、そうたやすいことではないでしょう。むしろ、無理に正社員にこだわることで人生の選択肢が狭まることにもなりかねません。というわけで今回は、ムリヤリな正社員化で何が起こるか、そして個人で生き残るために何をなすべきかをまとめましょう。

氷河期世代の正社員化で起きること

まず、日本の労働環境のおさらいをしておきましょう。筆者が常々言っているように、日本の労働市場というのは文字通りの終身雇用・年功序列が保証される2階と、そういうのは名ばかりの1階からなる二階建て構造となっています。2階は大企業や公務員、1階は中小零細企業が中心です。

終身雇用なんかは2階にしかないわけですが、当然ながら両者には共通ルールが適用されるわけで、いろいろとおかしなことになっています。たとえば終身雇用を守らせるために(調整手段として)残業青天井が認められているわけですが、1階からすればメリットなんてないのに青天井で働かされるわけです。あと、終身雇用だから金銭解雇ルールなんて明文化されてないわけですが、逆に言うと1階からすればロクな金銭保証もなしにクビになったりするわけです。

さて、2階と1階のもっとも大きな違いは何かというと、定着率です。たとえば電通みたいな我が国が世界に誇る超優良企業だと「取り組んだら放すな、殺されても放すな」レベルの殿様マネジメントでも耐えるメリットは大きいので社員は歯を食いしばって耐えてくれます。なので2階の定着率はとても高く、新卒だと3年内離職率はだいたい10%くらいです。

一方、これが1階だとそんな無茶ぶりされたら我慢するメリットなんてないから従業員はさくっと逃げ出します。「俺たちの若いころはワンオペなんて普通だったぞ」と言って殿様マネジメントしようとしたら従業員が大量流出して営業自粛に追い込まれたすき家なんかが典型です。業種にもよりますけど新規採用者が1年で半分辞めるような企業は1階では珍しくないですね。

この辺の構造的事情がよくわかってない人には電通の鬼十則なんかを本気で有難がっちゃう痛い人もいますが、同社はマネジメントのレベル的にはすき家と同じレベルですね、はい。

さて、こうした構造を踏まえた上で政府が金ジャブジャブ突っ込んで正社員化を後押しすると何が起こるでしょうか。それは以下の3点です。

1. 離職率の高い1階の企業に金がジャブジャブ流れる

筆者の感覚で言うと、残念ながら2階の企業が氷河期世代を新たに正社員として雇用することは考えづらいです。年功賃金がかっちり機能していて年齢に見合わない職歴の人は採用したがらないためです。

そこでそうした人たちを採用するのは1階の企業が中心となりますが、先述のように1階には100人採っても1年後には半分も残っていないような企業が珍しくないです。中には最初から長期雇用するつもりなんてなくて文字通り使い捨てにしている企業もあります。そういう会社に採用者一人に月数十万円をポンと渡してあげるわけですから、彼らは大喜びで採用活動&新陳代謝に精進することでしょう。

長期安定雇用を目指して導入したはずが、もともと流動性の高い一部の企業の新陳代謝をさらに刺激するというたいへん微妙なオチになるわけですね。

2. 天引きが増える

たとえば現在はフリーターで月16260円の国民年金保険料を払っている人は、正社員となって厚生年金に加入すれば企業負担分も合わせて約18%ほど徴収されるわけです(“企業負担分”となっていますが会社から見れば全部ひっくるめて人件費なので実質本人負担)。

「将来のために貯金をしているようなものだからそれでいいじゃないか」という考えもわかります。でも、こんなこと言ってる人達に、今の生活を切り詰めてねん出したお金を預けるのが本当に“貯金”になるんでしょうか。

実際、専門性が高く会社と交渉できる人材の中では、厚生年金から国民年金へ流出する動きがすでに起きています。そうした流れに逆行するメリットは筆者にはわかりません。

3. たいして安定しないしワークライフバランスは悪くなる

そして、一番重要なポイントはこれです。そもそも終身雇用なんてあるのかないのかわからないような1階の会社に“正社員”として雇わせる意味がどれほどあるのか、ということです。

筆者のお付き合いのある中小企業さんもそうですけど、そういう会社はあまりに人手不足なので新卒一括採用なんてそもそもなくて、年間通じて正社員募集中です。オッチャンはもちろんオバチャンや高齢者も活躍してるほどダイバーシティもお盛んです。働いてる側も雇ってる側も「終身雇用?なにそれ?」くらいのもんです。そういう会社に補助金付きで正規雇用させることにどれほどのメリットがあるのか、筆者には正直わかりませんね。

ただ、メリットは見えなくてもデメリットは確実にあります。上記のようにたとえ終身雇用という果実がなくとも、長時間残業などの滅私奉公は受け入れないといけません。なので確実にワークライフバランスは悪化することになります。

たとえば派遣社員はマネジメントを派遣元企業が行っているため一切ごまかしがききません。なので「派遣さんは定時で上がってもらって。残った仕事は社員が引き継いでね」といってサビ残させる会社は普通にあります。このサビ残させられる側にあえて入っていくわけです。

確かに、氷河期世代の非正規雇用比率は高いし、一方で正社員の働き手を欲しがっている企業があるのも事実です。一見するとミスマッチに見えるので、政府がお金を出してこのミスマッチを解消してあげればみんなハッピーになれるような気がしないでもありません。

でも、現状がそうなのにはちゃんと理由があり、正社員を増やしてもっと天引きを増やしたいからといった理由で流れを変えようとしても、働き手の満足度アップにはつながらないだろうというのが筆者のスタンスです。

以降、
氷河期世代が目指すべきは正社員より……
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※詳細はメルマガにて(夜間飛行)


編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2016年10月27日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった城氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。