ニューヨークの不動産市場と言えば、燦然と光る金のごとく安全資産として長く愛されてきました。外国人投資家の存在は無視できず、セントラル・パーク近くは56丁目に立つ“432パークアベニュー”のペントハウス、1億ドル相当を落札したのは中東の億万長者とまことしやかに囁かれたものです。
皮肉なことに、NY不動産市場の輝きを他ならぬNY出身のトランプ米大統領が奪いつつあります。S&P500は、米大統領選挙が行われた2016年11月8日から3月初めあたりまで約10%上昇してきました。逆に翳りを見せているのが不動産市場で、リアル・キャピタル・アナリティクスによると外国人投資のNY市不動産投資額は2016年11月~2017年11月に46.4億ドルと、前年同期の173.2億ドルから83%も落ち込んでしまったのです。
S&P500のセクター別騰落率動向をみると、不動産は2.3%の上昇にとどまり下からエネルギーに次ぐ弱さを示します。インフラ拡大や税制改革、規制緩和といった甘い蜜に吸い寄せられるかのように投資資金はリスク資産を目指したためで、トランプ米大統領が施政方針を表明した翌日3月1日にS&P500の時価総額は7,240億ドルも拡大しました。実に、米大統領選後の増額分の28%を占めます。
直近では、利上げを前に伸び悩みのダウ。
(出所:Stockcharts)
ただでさえ不動産市場に逆風が吹き付ける状況下で、ダメ押しとなったのがイスラム国家7ヵ国への入国禁止を含んだ米大統領令です。最新版ではイラクを外し対象国を6ヵ国に変更するなど内容を一部緩和したとはいえ、中東系投資家を中心とした不安を払拭するには程遠い。マンハッタンで20年に及び不動産仲介業務を営むマリー・ラキシコール氏によると、イスラム系の間では物件差し押さえのリスクすら念頭に入れ始め物件探しを中止する動きを確認したといいます。
根拠のない不安とは、言い切れません。米大統領が安全保障、外交、経済に対し甚大な脅威を与えると判断すれば国際緊急経済権限法を通じ対象国に制裁を科すことが可能となるため、海外投資家の資産差し押さえの恐怖がくすぶります。通商関係を結ぶ国との間で発動するリスクは、なきに等しい。しかし、イスラム系を中心に外国人にとって「米国第一」を掲げるトランプ政権では何が起こるか不透明で、不動産市場に及び腰になってしまうのも致し方ありません。
永住権を投資で取得でき時限的に導入されたビザEB-5の厳格化も、不動産市場の打撃となり得ます。EB-5ビザ・プログラムでは米国に最低50万ドルないし100万ドル投資し、従業員を少なくとも10名雇用した個人に年間1万人を上限にEB-5ビザ取得を承認してきました。しかし取得者の8割が中国人であるこのビザに詐欺が横行し、取り締まり強化に迫られているのです。EB-5ビザ審査期間も従来の4ヵ月から1年半まで延びたとの話も聞かれ、外国人がアメリカン・ドリームをつかむことは困難になりつつあります。
(カバー写真:My Big Apple NY)
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2017年3月14日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。