カネはモノをいう

カネはモノをいう。つまり、金銭の給付は、金銭の額面だけの意味を果たせば、それで十分なのだが、支払いの名目(諸手当など)、時期(先払い、後払い)、方法(手交など)、形態(環境や現物や自社株など)等、様々に支払い方法を工夫することで、額面以上の効果、あるいは付随した効果を期待できるのだ。

ハードボイルド小説では、探偵は、バーテンダーなどから情報を引き出すとき、紙幣をちらつかせながら、上手に心理的な揺さぶりをかけていくわけだが、この技術は、どう考えても、お金を払うという約束だけでは機能しない。現金を見せることを抜きにはなりたたないのだ。金額が人を動かすのではない。目の前の紙幣が人を動かすのである。まさに、カネがモノをいう代表的事案だ。

昔は、ボーナスを現金で支給する例があった。月例給与は銀行振り込みでも、ボーナスだけは現金を手渡しするのでなければ意味がないという発想があったのである。しかも、全員を集めて、皆の前で、一人ひとりに手交するのだ。金額に意味があるよりも、この儀式自体に意味があったことは明らかである。

カネではないが、官舎というものがあった。今もあるが、公務員住宅といっているはずである。官舎は、結構立派で、何よりも、いい立地にあるにもかかわらず、家賃は破格に安いから、これは、大変に有利な現物給付であったわけである。背景には、全国どこへでも転勤し、しかも転勤の頻度が高いという官僚の勤務形態の特殊性があっただろうし、往時の住宅事情もあったであろうが、それよりも、官僚の特権的地位を象徴するものという側面のほうが強かったのではないのか。

官僚の北海道勤務には、寒冷地手当が出ていた。今もあるかどうか。この手当は、暖房費が嵩むという不利益を補償する目的だが、ご苦労様というような慰労の気持ちのほうを強くもっていたのではないか。慰労の気持ちといえば、退職金にも、そのような側面があったはずである。

カネはモノをいう。金額以上にモノをいう。小さい金額に大きな意味をもたせる。そこに企業人事の要諦があるのである。

 

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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