安倍首相が2020年の憲法改正を目標に掲げた時、拙稿で、リベラル勢力が「死のもの狂いで抵抗してくるだろう」と予測したが、早くも激しい情報戦が展開され始めた。
思うに、現在、安倍政権を取り巻く国内の情報戦は3方面で同時展開されている。
1つ目は、「加計学園問題」を仕掛けてきた朝日新聞。周知の通り、文科省の内部文書なるものを入手し、加計学園の獣医学部新設を巡り、総理の意向があったと追及キャンペーンを開始。そして、森友学園問題で期待したほど手応えを得られなかった民進党も、乗っかる形で、政権に対して再び攻勢をかけている。
またも“カラ騒ぎ”に終わるか?「加計学園問題」
ただし、情報戦は奇襲、ゲリラ戦の側面が強く、正規戦、つまり政治の世界における倒閣や選挙戦での勝利といったリアルな結果につなげるには、世論を動かすだけの大義名分が絶対的に必要になる。どんなに「怪しい」と騒ぎ立てたところで、法や事実がなければ勝負を決するまでには至らない。
たしかに、森友学園問題のから騒ぎに比べると、加計学園問題では文科省から流出したとされる文書が「ブツ」として出てきた。一部には「安倍一強の潮目が変わる」という観測が出てしまうのも無理はないが、結局、そのブツに書かれている内容はと言えば、特区申請の経験がある駒崎さんが指摘するように、行政手続き的にも、法的にも問題が見当たりそうにない。一方、民進党の玉木議員は自民党の石破議員まで持ち出して、攻め手を探っているように見えるが、どうも筋が悪く見える。
アゴラのFacebookページで読者がコメントしているが、駒崎さんの論考は「実体験に基づき、客観的事実から論考したもの」であり、説得性は十分。それに情報戦という視点からすると、駒崎さん自身には決して政治的意図はないとはいえ、若手のリベラル論客が指摘したという意味合いは小さくない。今後、朝日、民進党サイドが汚職といった「確証」となるような攻撃材料を見つけられない限りは、むしろ、この記事が提起したことこそ、加計学園問題の「潮目の変化」になり、終息に向かう転機になるのではないか。
興味深いのは、アンチ安倍勢力のお先棒をかついでいる日刊ゲンダイが、政権追及に熱を入れる余り、問題の文書の流出元が文科省OBだとさらしてしまったことだ。
加計文書に第2弾も 安倍官邸が怯える文科省大物幹部の影(日刊ゲンダイ)
常識的に考えても、文書の出所は、安倍政権に恨みを持つ人間の可能性が高い。すでに私も耳にはしているが、先ごろの文科省の不祥事に関連したところに脚光が移っていく予感がしている。(追記:22日10:10 と書いた矢先で、読売新聞で事件化されたわけではない文科省の前次官のスキャンダル報道がけさ報じられ、意味深なものを感じる)。
そして安倍政権が対峙する情報戦2つ目の戦場だが、1つ目の「加計学園問題」と少々関連している。東京新聞の望月衣塑子記者が、このようなツイートをして物議を醸している。
大手新聞の現役記者が実名で、真実味があるかのようにツイートするものだから、私もつい信じそうになってしまったが、冷静になれば疑問が残ってしまう。本稿で詳細は書かないが、官邸と宮内庁(天皇家)との間には退位問題を巡って壮絶な情報戦を繰り広げた経緯があったことや、スクープを放ったNHK宮内庁担当の社会部記者は、政治部の庭である官邸よりも、皇室ご一家との関係がむしろ近いと言われていることなど、望月記者の指摘した「官邸謀略論」は、左派のネット民は狂喜しそうなネタではあるが、出来すぎた話だ。
事実なら社長賞は間違いない「大スクープ」だが、望月記者は、そこまで自信があるネタであれば、自社紙面の一面トップで堂々と書けばよい。しかし、もし事実と違った場合は現職記者が、社外のSNSとはいえ、フェイクニュースを流したと批判される恐れはある。東京新聞は、早急に確認をするべきではないか。
「官邸VS宮内庁」再燃の可能性
そして、まさに2つめの情報戦が、望月記者が言うところの「皇室ネタ」だった。同じくリベラル勢力の毎日新聞から、つい昨日飛び出してきたスクープだ。
陛下:退位議論に「ショック」 宮内庁幹部「生き方否定」 – 毎日新聞
畏れ多くも天皇陛下の「お気持ち」を、宮内庁周辺や陛下の親しい知人(学友?)の証言で代弁しているわけだが、これこそ、まさに昨夏以来、見た光景の繰り返しだ。宮内庁サイドは、退位議論の流れに不満を抱いたとされる陛下の考えを、周辺を通じてメディアにリーク。巻き返しを測る政権との情報戦を繰り広げたわけだが、結局、退位法案が閣議決定された後になっても、なお毎日新聞に書かせたことを考えると、改めて官邸と宮内庁の溝が埋まっておらず、もっと踏み込んで言えば、安倍首相と陛下の間にギクシャクしたものは解消されていないのは明らかだ。
陛下が意図されていたとみられる退位制度の恒久化は見送られ、こちらの情報戦は、官邸がすでに“勝利”を収めてはいる。しかし、眞子様ご成婚の来年以降、女性宮家の構想も含めた女性皇族の身分のあり方などで “火種”はくすぶっている。今回の毎日の記事が出たことで「官邸VS宮内庁」の情報戦が再燃する可能性はありそうだ。
小池氏との情報戦、都議選に向け熾烈に
そして3つ目は、リベラル勢力以上に手強い相手が控える。小池都知事だ。小池氏は国政の自民党とは融和、都連とは死闘を繰り広げる使い分けを演じてきているが、情報戦という非正規戦においては全く関係なく、“血みどろの暗闘”を繰り広げている。
現在の官邸は、詳細は後述するように、格段に情報戦に強くなったが、政界きってのメディア戦略家である小池知事には昨夏の都知事選以降、たびたび手を焼いてきた。しかし、先日書いたように、五輪の都外会場施設費を巡っての情報戦では、官邸が初めて「圧勝」といえる成果を残した(拙稿「五輪負担、小池氏が情報戦“初黒星”。安倍官邸の見事な逆襲?」)。
もちろん、早川さんが指摘するように、このまま終わる小池知事ではあるまい。報道各社の都議選情勢調査で自民党の持ち直しが伝えられ、現時点では「どこにも追い風は吹いていない」とも言える情勢であるものの、都民の小池支持率は依然として過半数は超えており、局面はいつまたガラリと変わるか分からない。
いわゆる「受動喫煙問題」では、都連所属の国会議員が、三原じゅん子参議院に暴言を吐いたという情報が駆け巡っており、リアルの世論で炎上する可能性も強まっている。この種火を大火事にされてしまう、さらに都議選直前に突然豊洲市場移転を発表するなどの争点打ち消しを絶妙なタイミングで発表されてしまうと、2月の千代田区長選の時ほどではないにしろ、戦局の主導権を再び小池陣営に握り返されてしまう可能性は小さくない。
10年前と豹変した情報戦での強さ、どこまで?
それでも、現在の安倍政権の情報戦における地力の強さは、2000年代以降の歴代内閣の中ではトップクラスなのは間違いない。史上最弱の野党にも助けられ、郵政選挙で圧勝した小泉政権に匹敵…むしろ、憲法改正を正面から言い出した点で、小泉政権を上回る業績を、歴史に残す可能性すら出てきた。「ばんそうこう大臣」や「ナントカ還元水」など相次ぐ閣僚不祥事でメディアに叩かれ、官邸から石もて追われた10年前と比べ、あまりの豹変に私も戸惑うばかりだ。
田崎史郎氏の著書「安倍官邸の正体」(講談社現代新書)などによれば、第1次政権での苦い教訓から、第2次政権では連日、正副官房長官会議を行って世論対策を綿密に行っているという。朝日新聞、民進党、小池知事、そして皇室を“忖度”して立ち回る宮内庁と、入れ替わり立ち替わりで出現する“難敵”を相手にどのような策略を練り、どのような打ち手を見せるのか。それとも思わぬ陥穽にハマってしまうのか、今後も興味は尽きない。
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