プーチン氏がスターリンを抜く時

プーチン大統領の出身地、ロシアの第2の都市サンクトペテルブルク市で2日から国際経済フォーラムが開催された。ロシアのダボス会議(世界経済フォーラム)と称する同会議にはインドのナレンドラ・モディ首相、オーストリアのケルン首相、ガブリエル独外相、独南部バイエルン州のゼーホーファー州知事ら政治指導者のほか、経済界リーダーたちも招かれた。プーチン大統領は欧米諸国の対ロシア経済制裁を克服し、国民経済の回復に腐心している。

経済急進改革派のクドリン元財務相(ウィキぺディアから)

経済急進改革派のクドリン元財務相(ウィキぺディアから)

プーチン氏(64)がクレムリン指導者となって今年でほぼ18年目を迎える。クレムリン指導者としてはヨシフ・スターリン(ソ連共産党書記長、任期1922~1953年)に次いで長期政権だ。その意味で、プーチン氏の過去18年間の経済的成果を振り返るという観点からみれば、サンクトペテルブルクの国際経済フォーラムは絶好のチャンスだった。以下、独週刊誌「シュピーゲル」電子版を参考にまとめた。

ロシア経済はソ連解体後、急速に停滞したが、プーチン氏がエリツイン大統領から政権を継承した直後から次第に回復していった。2008、09年の経済・金融危機でロシア経済は危機を迎えたが、その後の原油価格の高騰(一時期1バレル=110ドル)に助けられロシア経済は急速に回復した。しかし、2014年のロシアによるウクライナのクリミア半島併合後、原油価格は急落し、ロシア財政の土台は大きく揺れた。クリミア半島併合に対する欧米諸国の経済制裁もあって、ロシア経済は今日、依然、停滞を余儀なくされている。

同フォーラムのメインスピーカーはロシア元財務相のアレクセイ・クドリン氏(56)だ。プーチン氏と同じ出身で両者は旧知の間柄だ。同氏は2011月9月、プーチン政権下の財務相を辞任した。その同氏に対し、プーチン氏は昨年、2018年の大統領選出馬で提案する経済改革構想を依頼している。

急進改革派のクドリン氏は「戦略2035年」とタイトル付きのリベラルな経済改革案をまとめ、①国有企業の私営化、②年金アップの停止、年金年齢の引き上げ、③教育・厚生部門への投資拡大、④裁判所改革など、4項目の改革案を提示している。

同氏は、「国民経済の成長は外国諸国との平和共存なくして不可能だ」と指摘し、ロシアは新しい外交が必要だと強調。さもなければ「ロシアは経済的に“失った10年間”に直面するだろう」と警告を発した。同氏によると、「ロシア軍のクリミア半島併合後、ロシア経済力は2007年の水準に低下した」という。

プーチン氏が首相、大統領職にあった過去18年間の国民経済を振り返る限り、成果は乏しい。経済成長率は2000年、10%をピークに低下し続け、世界金融危機の2009年はマイナス7・8%まで落ちた。国際通貨基金(IMF)の予測では、ロシアの今年の経済成長率は1・5%以下だ。

一方、プーチン氏への国民の支持は悪くない。プーチン政権下の反体制派活動家への弾圧、外国の非政府機関(NGO)の追い出しなどの政策もあるが、「世界から批判されるプーチン氏に対し、国民は防衛的愛国心を感じている」というのだ。すなわち、欧米諸国がプーチン氏を批判すればするほど、多くのロシア国民はプーチン氏を擁護しようとする思いが出てくるという。

いずれにしても、プーチン氏が旧知のクドリン氏の経済改革構想を100%実施することは期待できないが、クドリン氏が語るように「70%でも実施」すれば、ロシア経済は健全化に向かって動き出すのではないか。プーチン氏がスターリンの任期31年の最長記録を抜くまでにはまだ13年間はある。

<参考>

ウラジーミル・プーチン氏の過去18年間

1999年8月~2000年5月……第5代首相
2000年5月~2008年5月……第2代大統領
2008年5月~2012年5月……第9代首相
2012年5月~現在 ……第4代大統領


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年6月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。