キャメロンとレンツィの失敗に学ぶ:憲法改正に挑戦を

足立 康史

1.憲法改正も“政治”である、という現実

衆院憲法審査会海外調査団の一員として、国民投票に挑戦した英国とイタリア、更には教育無償化等を実現するスウェーデンの三か国を訪問し、英国のキャメロン前首相、イタリアのレンツィ改革に反対したベルスコニーニ元首相の側近ブルネッタ会派長はじめ当事者と貴重な意見交換を行うことができました。

今回の海外現地調査を通して学んだことの最重要事項の一つは、憲法改正も“政治”だということです。キャメロン前首相の英国でもレンツィ前首相のイタリアでも、憲法改正の国民投票が時の政権の人気投票になってしまい、その結果、当該政権が意図した方向とは真逆の結果になってしまいました。

しかし、だからといって、時の政権が憲法改正を主導したら失敗する、とか、野党の協力を得るために時間をかけるべきだ、等と解釈するのは全くの間違いです。日本では、英国と違って成文憲法であり、イタリアのように国会の絶対多数で可決することにより国民投票を避ける方法もありません。

従って、時の政権が意図した憲法の改正内容が国民投票で否決されるリスクがあるからといって国民投票自体を実施しないというのでは、結局、主権者である日本国民の手から憲法を奪い続けることになってしまいます。もちろん、衆参両院で改憲派の議席が3分の2を満たすことが前提条件ではありますが。

むしろ、英国やイタリアで実施された国民投票の結果が共通に示しているのは、どんなに政局にならないように努力をしても、政権の支持率は時間とともに低下し、イタリアのように一時的に憲法改正に協力することを約束する野党があったとしても、政権の不人気には抗えず、必ず政治化するということです。

2.英国の経験:文言の重要性

キャメロン前英首相(Wikipedia:編集部)

英国では、キャメロン前首相とも意見交換をしましたが、EU離脱の是非を問う国民投票をやらなければよかった、とか、メディアの偏向報道の責任だ、とか、悪しきポピュリズムの結果だ、といった泣き言は関係者を含めて一言もありませんでした。唯一あったアドバイスは、投票用紙の文言についてでした。

EU残留かEU離脱かを問う英国の国民投票では、当初、EU残留にイエスかノーを選択する予定だったのが、不公平だという観点から、残留(リメイン)か離脱(リーブ)かを選択することとなり、否定的なノーよりも能動的なリーブの方が選好しやすくなった等の分析がなされているとのことでした。

確かに日本でも、政権が言うところの平和安全法制を野党4党が戦争法と呼び、野党の言う共謀罪を政権がテロ等準備罪と呼ぶなどの政争に明け暮れてきたわけで、投票用紙に記される文言の表現が重要であるというのは、十分に理解ができるところです。日本でも有識者会議を交えるなどの工夫が不可欠です。

3.イタリアの経験:スピードの重要性

レンツィ伊首相(Wikipedia:編集部)

イタリアでは、レンツィ首相を裏切った(?)フォルツァ・イタリアのブルネッタ会派長らと意見交換し、イタリアの憲法改正国民投票が、如何に最初から最後まで“政治”に貫かれていたかを理解することができました。イタリアの憲法改正と選挙制度改革は、2014年1月のナザレノ協定から始まりました。

ナザレノ協定というのは、憲法改正(上院改革と地方制度改革)と選挙制度改革を実現するために、レンツィ首相が閣外に去ったフォルツァ・イタリア率いるベルスコニーニ党首と結んだ協定ですが、政権が主導する憲法改正に野党が協力するのは困難なはずです。何がそうした高邁な合意を可能にしたのか。

現地ローマでヒアリングして分かったのは、ナザレノ協定は高邁でも何でもなく、二大政党のリーダーであるレンツィとベルスコニーニが決選投票の当事者となり五つ星運動を潰すための、当に二人による二人のための政治合意。その後支持率を落としたベルスコニーニが協定を破棄するのは必然だったのです。

イタリアの経験が示唆するのは、憲法改正であっても時の政局から切り離せない、という厳しい現実でした。加えて一時的ではあってもナザレノ協定が成立した背景には、両者が直前まで連立政権を構成していたという事実もあります。大阪の自民党を割って生まれた維新が憲法改正に協力するのと似ています。

結局、憲法改正を巡る一定の政治合意から時間が経過すればするほど、そうした合意が維持できなくなるのは現実の政治の必然。ローマで面談したチェッカンティ教授(元下院議員)に国民投票が政治化するのを避ける方法を問うたところ、「時間をかけ過ぎない」ことだと仰ったことが、極めて示唆的でした。

4.「すべての改革の母」憲法改正に挑戦を

日本でも公明党を中心に、時間をかけて民進党の協力を取り付けた方がいい、国民投票の政治化を避けるためにはコンセンサス形成に更なる時間をかけるべき、といった意見が根強いわけですが、欧州の経験から学ぶべきは、憲法改正の意思ある政治勢力で発議を断行するしか道はない、という冷徹な判断です。

キャメロンもレンツィも、首相を辞し一旦は身を引きましたが、本人のみならず周辺は再起を期するという前向きなエネルギーに満ち溢れていました。「すべての改革の母」(レンツィ)たる憲法改正に挑戦するのは、いずれの国にあっても国士たる政治家が背負っている、避けることのできない責務なのです。

もちろん、国民投票が時の政権の人気投票になりがちな現実の政治において内閣支持率が高い方がいいのは当然です。しかしながら、内閣や政党の支持率が十分でないからといって国会の両院で3分の2を有する自公維がその責任を果たさないとなれば、日本政治の歴史に汚点として記憶されることでしょう。

5.おわりに:国を前に進めるため:国会の改革を

憲法改正や国民投票とは別に、今回の海外調査で感銘を受けたのが、議会における審査の在り方でした。日本の国会では、委員会質疑の基本形は議員(主として野党)が政府、閣僚を追及することになっていて、委員会室も教室型が中心ですが、スウェーデン国会の委員会は完全にコの字型、円卓型。

政府メンバーは必要に応じて呼ぶだけで普段は議員間で討論をするのだそうです。本会議場でも、首相と議員は対等に討論。日本の党首討論は特別扱いで滅多に行われませんが、スウェーデンでは党首討論形式が基本、年2回は総当り戦ならぬ総当り党首討論が開催されるのだそうです。

これなら、野党第一党が一方的に政府を追及し、暴力でもプラカードでも何でもやりたい放題、政府与党はひたすら我慢、といった理不尽かつ非生産的な状況にはなりません。憲法改正を実現するためにも、国を前に進めるためにも、私たちがまず取り組まねばならないのは、国会の改革なのかもしれません。


編集部より:この記事は、衆議院議員・足立康史氏の公式ブログ 2017年7月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は足立氏のブログをご覧ください。