「10月10日公示―22日投開票」の衆院選が動き始めた。増税を前提とする自民党に対し、民進党との合流で勢いを増す小池新党が増税凍結を打ち出しており、財政も大きな争点になる。このため、筆者は、毎日新聞(2017年9月29日・朝刊)で、以下のようなコメントを掲載した。
2019年10月に予定される消費税率10%への増税分の使途変更を打ち出す自民党、公明党と、増税凍結をうたう希望の党のどちらが勝っても、基礎的財政収支(PB)を20年度に黒字化させる目標の先送りは避けられない。
安倍晋三首相は増税した上で使途変更を訴えているが、19年に参院選が控えていることや、リーマン・ショック級の事態が起きた場合は増税見送りを示唆していることから、再び先送りするのではとの疑念が残る。
希望の党の小池百合子代表は、増税凍結は表明しているものの、その他の歳入、歳出をどうするのか、全体像が見えていない。だが、消費増税や財政再建が争点に浮上し、関心が高まるのは良いことだ。各党はしっかりと議論し、投票の判断材料を提供する必要がある。
PB黒字化も25年度あたりを目指して本当に改革する気があるのか問い直さなければならず、今回の選挙はさまざまな政治の方向性を決める分岐点になると見ている。
両党のスタンスは財政に如何なる影響を及ぼすのか。まず、社会保障・税一体改革の当初計画では、2019年10月に予定する消費増税(8%→10%)の税収増(約5兆円)のうち1兆円を社会保障の充実に活用し、残りの4兆円を財政赤字の削減に充当する予定であった。
しかし、安倍首相は、この計画を変更し、財政赤字の削減に充当予定であった4兆円のうち、約2兆円を利用して子育て支援や教育無償化などの政策を推進するつもりだ。これは、財政赤字が2兆円ほど拡大することを意味する。
他方、小池新党は、増税凍結を打ち出しているため、増税を行う場合と比較して、財政赤字が5兆円ほど拡大する可能性を意味する。
原発では「「原発再稼働」の自民党 vs 「原発ゼロ」の小池新党」という対立軸だが、財政では「「予定通り増税+歳出増」の自民党 vs 「増税凍結」の小池新党」という対立軸になり、これは、財政赤字の拡大幅でいうと、「2兆円 vs 5兆円」という対立軸であることを意味する可能性がある。
もっとも、これまで2度の増税延期を決定してきた安倍首相が、本当に2019年10月に増税するとは限らない。既に、増税に関する最終的な判断は留保しており、リーマン・ショック級の大きな影響や経済的な緊縮状況が起これば、増税を延期する可能性も示唆している。このとき、子育て支援や教育無償化などで2兆円規模の対策を打ち出し、増税を延期すると、財政赤字は7兆円ほど拡大してしまう。
つまり、「「増税延期+歳出増」の自民党 vs 「増税凍結」の小池新党」という対立軸である可能性も否定できず、このケースも想定すると、財政赤字の拡大幅では、「7兆円 vs 5兆円」という対立軸となる。
なお、内閣府の中長期試算(2017年7月版のベースラインケース)を利用し、上記の各シナリオを簡易試算すると、以下の図表の通りとなる。2025年度の財政赤字(対GDP)で比較すると、基本ケース(予定通り増税+歳出増せず)は4%半ばの赤字に留まるが、自民党ケース1(予定通り増税+歳出増)は約5%の赤字、小池新党は5%半ばの赤字、自民党ケース2(増税延期+歳出増)は約6%の赤字に拡大する。
市場も財政悪化を予想しているためか否か、断定はできないが、日本国債のCDS保証料も上昇し始めている(Bloombergの記事参照)。一種の究極的な選択で判断が難しいが、財政再建や増税が争点になり、財政・社会保障改革の議論が深まることを期待したい。
(法政大学経済学部教授 小黒一正)