2017年は朝鮮半島の政情が一段と険悪化した年だった。「一触即発の危機」という表現が大げさではない状況が続いてきたが、この傾向は2018年に入っても暫くは変わらないだろう。
もちろん、朝鮮半島の危機の最大の主因は国連安保理決議を無視して核実験、弾道ミサイル発射を繰返してきた北朝鮮にあることは言うまでもない。更に一歩踏み込んで言えば、33歳の金正恩氏(朝鮮労働党委員長)の責任だ。
本人が自覚しているか否かは別に、世界の政治に大きな影響を与えた2017年の人物の一人であったことは間違いない。独週刊誌シュピーゲル(12月6日号)は金正恩氏を今年の顔(9人)の1人として表紙に掲載している。朝鮮半島の現状に余り関心を示してこなかった欧州メディア界で金正恩氏の言動が一面を飾る機会が珍しくなかった。地域紛争の様相が濃厚だった朝鮮半島の政情が世界の最重要議題の一つとして扱われ出した(「欧州が『朝鮮半島』の危機に目覚めた」2017年9月24日参考)。
金正恩氏が進めている核開発、弾道ミサイル発射はスポーツ競技ではない。国内ばかりか、世界にも多大な危険を及ぼすものだ。北が9月3日、6回目の核実験(爆弾規模250キロトンと推定)を実施した豊渓里の北北西約6kmの地点で地震が数回発生したが、核実験で破壊された地盤の緩みなどが原因という専門家の声を聞く。マグニチュード4を超える観測史上最大規模の地震に遭遇した隣国・韓国では一時パニックが起きたという報道すら流れてきた(「朝鮮半島は冷戦最後の戦場だ」2017年9月22日参考)。
朝鮮中央通信が12月9日報じたところによると、「金正恩氏は白頭山に登り、『国家核武力完成の歴史的大業』を成し遂げた激動の日々を振り返った」というが、それだけだろうか。 金正恩氏は聖山と呼ばれる白頭山に登り、今後の出方について最側近と話し合ったのではないか(「水爆実験で『白頭山』噴火の危険は?」2017年9月7日参考)。
北の第6回目の核実験を受け、国際社会は対北制裁を強化してきた。石油精製品の対北輸出を現行より90%カットする制裁が施行されだした。ロシア極東地方政府は来年から北の労働者(約9000人)に就労許可を与えない方針というニュースが入ってきたばかりだ(「北の海外派遣労働者の職場は『3D』」2015年9月6日参考)。
金正恩氏が取れるカードはもはや限られてきた。①軍事行動に出るか、②面子を守りながら、非核化を要求する米国トランプ政権との対話に活路を見出すかだ。もちろん、中国とロシアの出方も注視しなければならないが、金正恩氏が対話に出てくる場合、最初の相手は米国だ。
問題は、米国が非核化の完全な実施を北に強要した場合、金正恩氏はそれを受け入れることはないという点だ。だから、米朝間の対話が実りをもたらすためには、自称ディ―ルのエキスパート、トランプ大統領の出方にかかってくるわけだ。例えば、トランプ政権は、朝鮮半島の危機回避のため核実験とミサイル発射のモラトリウムを北側に提示し、金正恩氏の暴発を回避し、時間を稼ぐ方向を取るかもしれない。
北が米本土まで届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)開発で大気圏再導入技術などを修得しない限り、北の核・ミサイル開発は米国の国益を直接脅かす恐れはないからだ。すなわち、米朝間の対話に交渉の余地があることだ。
トランプ政権は韓国、日本の国益を最重視し、金正恩氏に非核化のイエスかノーの決断を差し迫ることはしないだろう。米国の国益を害さない限り、北の核開発、弾道ミサイルの現状凍結で妥協する可能性が十分考えられる。換言すれば、金正恩氏にもチャンスがあるわけだ。核開発を完全に断念することなく、対北制裁の一定の解除を得る道だ。
金正恩氏は軍内部の粛清を強化するなど、党、軍の掌握に専念している。国際社会の対北圧力が強化され、拡大されれば、党、軍内にも動揺が見られ、不満分子が出てくる危険性があるからだ。
金正恩氏をどこまで追い詰めるか、北の暴発を防ぐためにいつ救いの手を指し伸ばすか、その判断を下すため、国際社会は平壌の動向をここしばらく注視しなければならない(「米中が金正恩の追放に乗り出した」2017年12月6日参考)。
いずれにしても、正恩氏よ、まだ遅すぎることはない。自身の命運と国の将来を核、弾道ミサイルに委ねず、その民族の力を信じ、真の国家建設に向かうべきだ。ジョージ・W・ブッシュ大統領時代の米国務長官だったコリン・パウエル氏は「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と述べ、大量破壊兵器の核兵器を「もはや価値のない武器」と言い切った。繰り返すが、核兵器は政権の存続保証を与えるものではないのだ。朝鮮民族の未来を見つめ、正しい選択を下すべきだ。
以上、2017年を閉じるに際し、金正恩氏に知ってほしい現実を綴った。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年12月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。