平成30年度障害福祉サービス報酬改定は、医療的ケア児を救うのか

介護報酬・診療報酬と並ぶ、障害福祉サービスの報酬改定の結果が示されました。

平成30年度(2018年度)障害福祉サービス等報酬改定の概要(厚生労働省)

この報酬改定によって、障害児者の暮らしは一変します。

この大きな変化を、医療的ケア児に対する支援を行なっている立場から、解説をいたします。

行き場のなかった医療的ケア児

医療的ケア児(略称:医ケア児)は、人工呼吸器等の医療的デバイスと共に生きる障害児。医療の発達のお陰で、以前は出産とともに亡くなってしまっていた子どもたちも、助けられるようになりました。

けれど、医療的デバイスを付けて生きる彼らを、受け入れてくれる保育園や幼稚園はほとんどありません。

障害児の通所施設である、児童発達支援事業所や、放課後等デイサービス等でも、看護師の常駐が求められたり、リスクが高いことから、医療的ケア児の受け入れは進んでいません。

医療的ケア児の親たちはどこにも預かってもらえないことから、もちろん仕事は辞めなくてはいけませんし、24時間365日医療的ケア児等の介護を行わなくてはならなくなってしまう事例も多いのです。

一見すると手厚い、医療的ケア児の支援

そんな状況の中、この2018年障害福祉サービス報酬改定は、医療的ケア児等の状況を改善するものになるのではないかと、大きく期待が寄せられていました。

厚労省の説明資料にも、多くの医療的ケア児等へのサービスが並びました。

よって一見すると医療的ケア児たちがこれで救われたのか思う方も多いのではないかと思います。

メディアでも医療的ケア児に手厚くというタイトルが並んでいます。

使いづらい看護職員加算

詳しく見ていきましょう。ここからは多少細かい制度の話になりますので一般的なことをお知りになりたい方はこのセクションを飛ばしていただいても構いません。

まず今回の改訂のメインは、医療的ケア児を預かる児童発達支援事業所や放課後等デイサービスに対し、看護職員配置加算というものを作った(正確に言うと、看護師配置加算を看護職員配置加算に変えた)ことです。

ここにあるように、判定スコアが一定の点数以上の子どもたちをお預かりした人数に合わせて、看護師を置くための加算が、子ども1人あたりの報酬に加えて付くわけです。

児童発達支援事業所においては、まずはこの判定スコア内の医療的ケア児を一人でも預かり、看護師を1人雇用すれば、加算がつきます。

主に重症心身障害児を預かる、いわゆる重心児デイでは、基本単価分に看護師1人分が含まれているため、スコア8点以上の医療的ケア児が5人いなくては、加算対象となりません。

医療的ケア児を預かるためには看護師が必要で、加算によってその人件費を補助するのは理にかなっているように見えますが、ここで大きな落とし穴があります。

まず判定スコア8点以上というのが非常に高いハードルなのです。

8点というのは人工呼吸器をつけている子どもたちなどが当てはまりますが、例えば経管経鼻栄養や胃ろうのある子どもにも、看護師は必要になってきます。

しかしいくらそういった子たちを預かっても、判定スコア8点には届きませんので何らの評価もされません。

かといって胃ろうや経管経鼻栄養だから看護師は必要ない、というわけではないのです。こうした非常に高いハードルを設けてしまったことで、実際に医療的ケア児を預かっていたとしても、この加算は使えないということになってしまうのです。

我々は医療的ケア児をメインにお預かりする障害児保育園ヘレンという施設を運営していまして、おそらく日本一医療的ケア児を受け入れている団体かと思いますが、この看護職員加配加算を適用できる園は5園中、たったの2園です。

これでは、制度あってサービスなしという状況になってしまうのは目に見えてます。

受け入れの財政的なインセンティブがない

さらに問題なのはたとえ看護師の人件費がカバーされたとしても、一般的な児童発達支援事業所や放課後等デイサービスには、医療的ケア児を預かるインセンティブが全くつけられなかったということです。

児童発達支援事業所や放課後等デイサービスには、障害児たちが列をなしています。(医療的ケアのない)発達障害や知的障害児ならば、一人の職員が複数人の子供たちを観ることが可能です。

しかし医療的ケア児となると、マンツーマンに近い対応を取らなくてはいけなくなります。

そういう状況であるにも関わらず(重心児ではない)医療的ケア児の報酬単価は、発達障害児など医ケアのない障害児と全く同じです。

だとするならば普通の児童発達支援事業所や放課後等デイサービスが、どちらの子どもを受け入れたいと思うかと言ったら、答えは明白です。

合理的に考えるならば医療的ケア児を受け入れる経済的なメリットは何もありません。

もちろん多くの児童発達支援事業所の方々は医療的ケア児の家庭の大変さはよく分かっていると思います。しかし児童発達支援事業所の方々にも、経営を成り立たせるという責務があります。そうした観点からすると、やはりコスト負担やリスクの重い医療的ケア児等を、積極的にお預かりしようという風になるには、全く報酬が足りないでしょう。

先ほどの看護職員加配加算で看護師を雇うコストはまかなえたとしても、収入が一般的な障害児と変わらないとするならば、積極的に医療的ケア児をお預かりしようということにはならないのです。

送迎加算も不十分

厚労省は「送迎加算の拡充」として「送迎において喀痰吸引等の医療的ケアが必要な場合があることを踏まえ、手厚い人員配置体制で送迎を行う場合を評価する」としました。

しかし、実際に医療的ケア児を送迎する際に増える額は、1回の送迎片道で400円(37単位)です。毎日送迎するとすると、子ども1人あたり1万6000円です。

これだと「手厚い人員配置体制で送迎を行う」ことはできません。

医療的ケア児の施設受け入れは進まない

ということで、残念ながら今回の障害福祉サービス報酬改定は、医療的ケア児の受け入れ施設を増やすことには、ほぼ貢献しないと言ってよいでしょう。

全国医療的ケア児者支援協議会の一員として、そして厚労省や政治家の皆さんにお願いし続けてきた身として、大変忸怩たる思いです。彼らも身を粉にして頑張ってくださったのだと思いますが、声を届ける立場の民間の我々の力不足によって、医療的ケア児の家庭を助ける十分な制度の構築は叶いませんでした。

この敗北を抱きしめて、せめて自分たちの現場では多くの医療的ケア児を受け入れられるように、頑張っていきたいと思います。

新設された居宅訪問型児童発達支援事業の可能性

さて、これまで既存の児童発達支援事業所や放課後デイサービスでの、医療的ケア児等の受け入れについて言及してきました。

それがままならないだろうことは残念ですが、今回一点だけ医療的ケア児たちにとってはうまく活用できるかもしれない仕組みが新設されました。

それが居宅訪問型児童発達支援事業です。

これは、これまで施設で行ってきた児童発達支援を、医療的ケア児の家に保育者が訪問し行う、新しい仕組みです

この仕組みがうまく活用できたならば、24時間365日医療的ケア児等の介護に疲れ切っているご家庭に保育者を派遣し、数時間レスパイト的にお預かりするということも可能になってくるかもしれません。

そうすれば児童発達支援事業所や放課後等デイサービスで空き枠がなかったとしても、直接保育者をご家庭に派遣し、そこでお預かりが可能になるので、ある意味既存の施設を補完することができる可能性があるということです。

しかしながらこの居宅訪問型児童発達支援事業の要綱はこれから3月末にかけて作られます。

この要綱の書き込み方によって、この制度が本当に使いやすいものになるのか、はたまた条件が厳しすぎて、全然使えないのかということが決まってきてしまいます。

よって、これから厚生労働省にきちんと意見を届けて、せめてこの制度だけはちゃんと医療的ケア児等に寄り添えるようなものになるように、政策提言していかなくてはいけないと思います。

これからすべきこと

国の障害児福祉サービスの報酬改定は、このように医療的ケア児たちにとっては(一見豊富なようでいて)大変厳しいものに、結果的にはなってしまいました。

次の報酬改定は3年後です

しかし今まさに負担を抱えている親子さんには、この3年間は待つには長すぎる時間です。

ですのでここからは都道府県の出番です。

都道府県が、医療的ケア児の受け入れが進んでいくような制度を作っていくことが、非常に重要です。

例えば東京都は重症心身障害児に対して、都が単独で都加算という制度を作って提供しています。

これによって東京都では重症心身障害児の受け入れが、他県に比べ相対的に進んでいます。

例えばこの都加算の対象を医療的ケア児に広げるということによって、おそらく重症心身障害児の受け入れが進んだように、医療的ケア児の受け入れも進んでいくでしょう。

このように都道府県ができることは大きいです。

是非、全国の都道府県議会の議員の方々は、医療的ケア児の問題に対してアクションを行っていただけるとありがたいです。そして当事者の方、福祉関係者の方も、声をあげ続けて頂けたら、と思います。

以上、医療的ケア児支援の現場からでした 。

出典:

*1)看護職員配置加算の詳細については、平成30(2018)年度 障害福祉サービス等報酬改定の概要

のP122の「別紙2」で記述されています


編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2018年2月9日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。