本書は日本の現在の状況を21世紀型の長期停滞論という切り口で分析している。
経済のさまざまなマクロ指標を見ると、現在日本経済は長期の景気回復期にあり、その期間はバブル景気の好景気時に匹敵する長さとなっている。一方でいわゆる「実感なき景気回復」が今回の景気回復期にもおこっており、アベノミクスの評価という政治的視点も含めて今後のマクロ経済政策に注目が集まっている。
本書はなぜ今般の景気回復が実感を伴わない弱々しいものであるかを、最新の経済理論と日本固有の構造的問題を丁寧に分析していくことで明らかにしていく。
金融危機以降、低金利・低インフレ下でなおかつ政府の財政出動余裕があまり無いという制約下で不況を克服するというのは日本のみならず欧米を含んだ世界共通の課題となったこともあり、マクロ経済の理論で現代の「流動性の罠の問題」を大枠で分析し、解決法を探るというのが近年活発に行われている。
一方で日本固有の構造的問題に関してはどうしても海外の経済学者にとっては敷居は高く、国内の分析を中心せざるを得ない。
マクロ理論で大枠を分析し、なおかつローカル固有の問題を含めた議論に昇華させていく作業は簡単でない。多くの日本経済の分析はこのバランスが欠けたものとなっており、停滞の理由を単純化させてしまう傾向があった。本書はその課題を見事に乗り越えており、かつわかりやすい文章で経済学の知識がなくともの現在の日本が抱える経済問題を理解できる名著である。
現状の日本が抱える問題を克服するには、いかに政治が国民に「価格上昇マインド」と「経済成長マインド」を持ってもらえるような政策を掲げられるかにかかっている。本書の処方箋は構造改革を推進することにより「経済成長マインド」を共有してもらうことだ。
実際の政策実行の現場では、効果を求められる時間軸がもっと短く、なおかつ選挙などの政治イベントが非常に短期間のうちに行われるので、本書に書かれている構造改革に主眼をおいた対策だけでなく、伝統的な金融財政政策をいかに有効化させる(つまり「価格上昇マインド」を作り出すこと)も重要になる。とくに今年後半から来年にかけての米国経済が調整局面に入った場合、もしくはほかの海外発のマクロショックにより景況感が悪化した場合の短期的対策も考えなければいけない。
しかし、現状では政治側からは数多くの構造改革に関する政策案は出ているものの、大きな「正のショック」を与え、国民の経済成長期待を変えるほどの目玉政策パッケージとして認知されてはいない。時間軸ごとに金融財政政策と構造改革でそれぞれなすべきことを整理し、世代を超えた(つまり若手の政治家を巻き込んだ)政策目標の共有をしないかぎり、大きな波を作る長期的な経済対策を実行することは難しいであろう。
編集部より:このブログは与謝野信氏の公式ブログ 2018年4月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、与謝野信ブログをご覧ください。