なぜ医療現場は人工知能を積極的に導入しないのか?

京都で開催されている日本内科学会の特別講演と市民公開講座の発表を終えた。がん医療は、リキッドバイオプシー、全エキソン解析、新たな免疫療法をキーワードに大きな変革を起こしていることを紹介してきた。そして、このような状況で不可欠なことが、医療現場への人工知能の導入である。

私のかつての部下や知人から、「書類で大変だ」「患者と一生懸命に接すれば、接するほど、説明やその記録で時間がとられ、新たなことを学ぶ時間が取れない」などと、愚痴がこぼれてくる。米国のような契約社会でのシステムを取り入れても、日本の医療システムにはなじまないのではないかと、この数十年間疑問を感じている。

医療費を制限し、人的資源を制限するなかで、患者さんや家族への説明、種々の委員会への出席、書類作成と業務が年々増えているのである。日本の医療関係者はよく頑張っていると思う。しかし、現在のようなあり方では、まじめな医療関係者の心は燃え尽き、いい加減な人たちはプロトコール化した医療をさらに血の通わないものにし、患者さんや家族の不満が蓄積するだけだ。

パソコンの画面を見つめて患者の目を見ない医師、マニュアルを読むかのように淡々と説明をする医師、患者さんから、「セカンドオピニオン….」と言った言葉が出た途端に不機嫌になる医師、これが珍しいものではなくなってきたのが実情だ。

しかし、これらの事態を医療関係者の怠慢と一方的に責めるのは間違っている。アナログ的な仕事量が人間の処理能力を上回っている現実を直視しなければ、さらにひどい状況を招くことはあっても、改善は期待できない。同じ説明を淡々と繰り返す方が楽だし、パソコンを見ながら診療する方が時間を節約できる。「予約時間なのにまだか?」と他の患者さんから責められることもなくなる。セカンドオピニオンなど、診療情報を患者さん自身が共有すれば、好きな時に他の医師の意見を聞くことができるのだ。データベース化と人工知能の導入を考慮した医療制度の抜本的な改革が必要なのである。

人工知能の助けを借りる事ができれば、患者さんへの説明や会話が記録されるし、人的なエラーも回避できる。家庭用の小型のものでも、「イージーリスニングの曲をかけて欲しい」と言えば、好みの音楽を選曲してくれる時代だ。囲碁や将棋など人工知能は名人級の思考をすることができるのだ。どうして、医療現場で積極的な導入がないのか、不思議だと思う。

インフォームドコンセントも、人工知能から説明してもらい、簡単な質疑応答をして、最終的に残った疑問・質問を患者・医師が向き合って話し合えば、もっと心が通える対話が成り立つのではないかと思う。スマートフォーンに医療情報が収納されていれば、旅先での事故や大災害対策としても役に立つ。

人的資源が豊かで、最新の医療情報に接する医療機関だけが優遇されるのではなく、みんなが、いつでも、どこでも世界で最先端の医療にアクセスできるような仕組みを作っていくことが大切だ。


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2018年4月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。