「骨抜き宣言」
アメリカは「CVID (完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)の一歩を踏み出す具体的な答えがなければ、米朝首脳会談はない」と繰り返し、警告してきた。
そのアメリカの期待する「具体的な答え」が南北首脳会談の共同宣言では盛り込まれなかった。金日成の時代から表明されてきた従来通りの「朝鮮半島の非核化」ということだけだった。
アメリカはこの「骨抜き宣言」が発表されることを事前に知っていただろう。主要な舞台は米朝首脳会談であるので、南北首脳会談では、踏み込んだ発言はしなくてもよいと指示されていた可能性もある。トランプ大統領がツィッターやテレビ番組の電話インタビューで、あの中身のない南北首脳会談の成果を絶賛している。事前の擦り合わせがあったと見るべきだ。
このようなアメリカの反応を見るに、米朝双方の実務者協議が相当な深度で進んでいるということが推測される。この実体があるからこそ、あのような「骨抜き宣言」でも許容されるのだ。4月1日にポンペオ長官が平壌を極秘裏に訪れ、金正恩と会っていたという。アメリカ側は確かな手応えを感じているようだ。
米朝は何を話し合っているのか?
アメリカの求める非核化の「具体的な答え」はボルトン大統領補佐官が主張するような「リビア方式」の受け入れに他ならない。ただ、アメリカ及びIAEAのような査察機関が北朝鮮の核計画・核保有の全貌を把握できるのかどうか疑問だ。北朝鮮が核を何発隠し持っているかということを誰も知ることはできない。
一方、北朝鮮は「段階的非核化」を期待している。「段階的非核化」はCVIDとは異なる。その気になれば、北朝鮮はいつでも「可逆的」に核戦力を再配備できる。
両者の意見の隔たりは大きい。そのため、水面下で米朝の実務者協議が進んでいるとしても、徹底的な査察受け入れを骨子とする「リビア方式」に向けて、北朝鮮が話し合いに応じているとは到底、考えられない。
では、彼らは一体、何を話し合っているのか。トランプ大統領があのように手放しで絶賛するほど、北朝鮮が譲歩している方法とは一体、何なのか。北朝鮮が巧妙にアメリカを騙しているとしても限度がある。
目下の一連の動きの中で、不透明で辻褄が合わないのは、突き詰めていけば、このことだ。
軍事攻撃の可能性は未だあるのか?
「リビア方式」を掲げるアメリカと「段階的非核化」を主張する北朝鮮との隔たりを1か月後に迫る米朝首脳会談までに、部分的にでも埋めていけるとは思えない。まるで、手品のような話だ。
実は、アメリカはもはや話し合いをするつもりはなく、交渉の決裂を名目にして、軍事攻撃で一気に決着を付けようとしているのではないかという見方もある。
18日~19日に行われた日米首脳会談で、アメリカ側の出席者が、「米朝首脳会談が決裂すれば、軍事攻撃に踏み切るしかない」と日本側に伝えていたことをFNNが報じている(FNNだけがどうやって、その情報を入手したのか疑問だが)。
トランプ大統領が金正恩を絶賛して見せるのは、「アメリカの期待を裏切ったらどうなるかわかっているな」という恫喝的な意味が込められていると捉えることもできる。
しかし、南北首脳会談後、日本をはじめとする各国のメディアが北朝鮮や韓国を祝福する現在の状況下で、さすがに、アメリカは軍事攻撃には踏み切れないだろう。その点では、見せかけの平和を演出した金正恩の勝ちだ。
中国はどう出るか?
また、3月の金正恩の電撃訪中以降、北朝鮮が中国を巻き込んだという点も有利に働いている。今後、朝鮮戦争の終戦協定の締結などで、中国がイニシアティブを発揮し、半島問題に深く関与してくることが予想される。
中国は「環球時報」社説を通じて、国際社会が北朝鮮に核兵器が不要と実感させるような環境づくりをしなければならないと表明している。これは在韓米軍が撤退するべきだということを暗に示している。モンロー主義者のトランプ大統領がどう転ぶかわからない。在外米軍の縮減は大統領の公約である。日本は警戒しておかなければならない。
南北首脳会談は「見せ玉」として使われ、北朝鮮の核保有の実態を煙幕に巻く装置となった。「平和への一歩」とはお気楽すぎる。「欺瞞への一歩」と位置付けるべきだ。米朝首脳会談では下手な妥協は許されない。北朝鮮が友好を装い、制裁解除やアメリカ・日本からの支援を得ることを狙い、時間稼ぎをしようとしていることは明白である。