トランプが北朝鮮と妥協しないと信じている日本の外交専門家

渡瀬 裕哉

Matt Brown/flickr(編集部)

政府関係者・OBが垂れ流す情勢分析というゴミからの卒業

筆者は「トランプ大統領の行動は予測可能だ」と大統領選挙時、そして大統領就任後に度々言及してきました。そして、その予測を基にヘッジファンド関係者向けの定期的なアップデート・ミーティングを行っており、おおよそ現在までの米国国内情勢及び外交・安全保障政策の動向を的中させています。そのお陰で非常に有難いことに情報提供の仕事が途絶えることなく入り続けています。そのため、しばらく多忙で対外的な情報発信がしばらくなおざりになっていましたので、今回から「トランプの地球儀外交」という連載記事で最近の分析の一端をアップしていきます。

さて、直近の話題は何といっても北朝鮮問題とイラン核合意ということになるでしょう。筆者はこの問題については、

(北朝鮮問題)米国は一体いつ北朝鮮と戦争するのか(1月23日)

(イラン核合意見直し)選挙対策としてのティラーソン解任の意味合い(3月14日)

を含めて、昨年からテレビ出演なども含めた公の場で言及してきています。特にお客様用の講演・ミーティング先では来年はイランの核合意の見直しが本丸なので北朝鮮は問題ありません、と言い続けてきました。予想通り、原油価格の値上がりで儲けられた皆様は自分にも少し御裾分けして頂ければ幸いです(笑)

また、日本国内では北朝鮮と〇月戦争説が何度も繰り返されてきており、官邸関係者や政府OBなどが垂れ流してきた情弱用の情報に振り回されてきた方々はご愁傷さまでした。世の中はポジショントークだらけで、政治的立場が偏った分析とはとても呼べないゴミを垂れ流す有識者が溢れています。

特に最近の新聞社の分析は見るに耐えかねるレベルのものが溢れていますが、それも「なぜ偏った情報が発信されているのか」という情勢分析のためのデータとして捉えるべきです。決してそれらを鵜呑みにするべきではありません。

なぜトランプ大統領は北朝鮮との対話を優先しているのか

筆者が「トランプ大統領の行動を予測できる」と主張するベースは「米国の選挙・政局事情を理解すること」にあります。トランプ大統領の支持率、共和党の支持率、そして支持率の内訳と共和党支持団体の熱量、それに対する民主党側の同様の状況について観察していけばトランプ大統領の行動はおおよそ予測することができます。(複雑なパズルを組み合わせるトランプ大統領の外交・安全保障、4月2日

トランプ大統領は極めて選挙的・政局的に脆弱な大統領であり、常に国内の支持率・支持基盤の動向を気にしながら政権運営を行うことを余儀なくされています。そのため、トランプ大統領の実際の行動は支持基盤受けする・直近の政局・選挙情勢で必要となる行動を実行する傾向があります。また、中間選挙のように選挙スケジュールがはっきりとしている場合、それに照準を合わせて分かりやすく弾を込めています。(トランプの貿易戦争を概観する

たとえば、「なぜトランプ大統領が北朝鮮との対話を優先しているのか」ということも背景情勢を知れば理解できます。トランプ大統領の支持率構造は「経済政策への支持は高いけれども、外交政策への支持率は低い」という構造が昨年末の大規模な減税政策の通過後に続いてきました。つまり、トランプ大統領にとっては中間選挙を見据えた支持率改善を図るためには外交政策上の手柄を上げることが必須の状態と言えます。

そこで、不人気な外交安保政策の担当者であった、ティラーソンとマクマスターの両氏を切って、ポンぺオとボルトンという共和党保守派受けする面々に人事を変更しました。日本では「対北朝鮮強硬派人事だ!」という視野狭窄の人事評価がなされていましたが、拙稿でも触れた通り、この2人の任命の狙いは北朝鮮ではなくイランであることは明らかでした。前二者はイラン核合意維持派、新任の二人はイランの核合意見直し最強硬派だからです。

米国において対イラン政策は、中間選挙の鍵となる共和党保守派の宗教右派を動員するために必要な政策措置です。特にトランプ大統領は女性問題を抱えており、最近では宗教右派からの支持が明らかに揺らいでいる状況があります。そこで、外交政策上のオバマ政権のレガシーを否定し、なおかつ支持基盤が喜ぶイラン核合意見直しを実行することは必然であったと言えるでしょう。2月末に行われた保守派総会でもトランプ大統領・ペンス副大統領のいずれも核合意見直しに触れていました。

一方、北朝鮮については「全ての選択肢がある」と述べるものの、同保守派の集会で発表された内容は「最大の経済制裁」に過ぎませんでした。この背景には、対イランで混乱する中東に戦力を投射することを念頭に北朝鮮とは外交解決を図ることがあったからです。北朝鮮との戦争は支持率改善に到底繋がらないばかりか、米国人に多数の死傷者が出る上にトランプ大統領の支持を下支えしている経済にも悪影響が及ぶものでもあります。

他にも細かい要素は多分にあるものの、外交成果=選挙対策、と考えると、イラン核合意見直しを通じた中東シフトは明らかであり、北朝鮮については早期の手打ちを図りたい、ということが本音であることは明らかです。

いまだにトランプが北朝鮮と妥協しないことを信じている日本政府

「トランプ大統領がノーベル賞を受賞するのではないか」という噂が年明けからささやかれてきましたが、それを具体化する動きも米国で起きています。具体的には共和党下院議員18名がノーベル委員会に朝鮮戦争終結及び朝鮮半島非核化の功績でトランプ大統領に2019年のノーベル平和賞を与えるように推薦しています。(実績が実際に出た場合は可能性があると言えます。選挙上の意味合いは十分です。)

18 House Members Put Trump Up for Nobel Prize

この共和党下院議員の18名の取りまとめを行った議員は、ルーク・メッサー共和党政策委員会委員長で、インディアナ州上院議員選挙挑戦予定の人物です。(追記・メッサー氏はインディアナ州の予備選挙で敗北)同氏はインディアナ州議会議員からのたたき上げであり、ペンス副大統領はインディアナ州知事選挙に出馬した際にその地盤を引き継いだ人物です。つまり、このノーベル平和賞への推薦は、ペンス副大統領を含めた共和党の意向であると看做すべきだと言えます。したがって、少なくとも米国からの交渉決裂の可能性はほぼなくなったと考えるべきだと思います。

米国側は選挙という背景を抱えており、なおかつイランとのカードを切ってしまった以上、米国と北朝鮮との間で相当の譲歩が行われる可能性が高いものと思います。北朝鮮側は一時的な譲歩を行ってトランプ政権が関心を失うか・政権自体が終わる状況を持てば良いだけであり、現在の交渉環境は必ずしも北朝鮮の即時核廃棄につながるものではありません。

北朝鮮に対する圧力を弱める必要はないものの、政府関係者の発言などを見ていると、つい最近まで米国側が北朝鮮に核問題で妥協する可能性を意識していなかったか、またはいまだに認識できていないのか、非常に心配になる次第です。

北朝鮮情勢に関する見方。そして中国のアメリカでの「世論工作」(鈴木馨祐衆議院議員)

トランプ氏の核合意離脱表明が金正恩氏を大連に走らせる(河井克行衆議院議員・党総裁外交特別補佐)

筆者はこれらの日本政府関係者の見解とは全く逆の視点で考えており、金正恩が習近平に急遽大連で会った理由は「イラン核合意見直し」がチャンスだと踏んだからでしょう。なぜなら、上記の通り米国に中東・朝鮮半島の両面で戦える戦力はないため、金正恩にとってここで中国の後ろ盾を確認することは交渉を有利に進めるための乾坤一擲だったものと思います。

したがって、シンガポールでの米朝会談に習近平国家主席が出席する可能性も十分にあり、事実上の米中による東アジアにおける大取引の一つが行われてしまう可能性があります。安倍首相は日本が蚊帳の外ではないと主張しているものの、米国が交渉するための物理的な盾として中途半端な強硬姿勢を崩さないこと・最終的な合意後に支援費用をむしり取られる見通しであることを「蚊帳の外ではない」というなら論外ではないでしょうか。日本にとっては何一つメリットがないやり方で交渉に参加することの意味が分かりません。


編集部より:この記事は、The Urban Folks 2018年5月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。