金融規制は、金融機関に対して、予想損失に対する備えとして、最高度に緻密な膨大な数値基準への厳格なる準拠を命じているが、こうした防衛的な対応は、一方で、金融システム安定化の効果があるにしても、他方で、自己資本に見合った受動的リスクテイクという経営行動を誘発して、金融機関の攻撃的なリスクテイク能力の向上を阻害する。
金融庁の森信親長官は、日本の現実において、この規制の弊害の顕在化をいち早く察知し、世界に先駆けて大胆な金融規制改革にのりだした。そこでは、顧客志向性のなかで、能動的にリスクテイクを行い、そのリスクテイクに見合う資本利潤を実現して、積極的に必要資本の調達を行うという経営の本質への回帰が求められている。
この森長官の思想は、金融界の普通の用語で表現すれば、リスクアペタイトフレームワークの最高度の次元における適用ということである。
リスクアペタイトフレームワークでは、原点において、金融機関の固有の事業目的と戦略を遂行するために自覚的にとるべきリスクが定義される。つまり、事業としての本源的なリスクテイクの対象が特定されるのである。例えば、森長官の用語では、この金融機関の本源的リスクテイクの目的は、顧客との共通価値の創造とされていて、そこに、顧客の視点での能動的リスクテイクのあり方が明確に示されているわけである。
この本源的リスクテイクからは、様々なリスクが派生するが、本源的リスクテイクにおけるリスクと、派生リスクとの間には、明確に階層の差、次元の差があることに留意されねばならない。従来のリスク管理の欠点は、この階層の差を自覚的にとらえていなかったことから、本源的リスクテイクのリスクまで相対化されてしまったことなのである。
従来のリスク管理は、客観性と精緻さを追求するあまり、数値による一元化、一元化されたリスクの総量制御、精緻な数値化の前提としての過去の統計的事実への偏重といった特色をもっていた。その結果、リスクの質の差の捨象、数量化できないリスクの見落とし、将来の動態を織り込むフォワードルッキングな視点の欠如など、重大な弊害が露呈したわけである。
それに対して、リスクアペタイトフレームワークでは、少なくとも重要な三つの改善が志向されている。第一に、本源的リスクテイクにおけるリスクは、経営そのものの対象として、明確に一段上に位置付けられること、第二に、画一的な数量化を排して、リスクの質の差や数量化できないリスクにも着目すべきとされていること、第三に、過去の延長としての静的未来ではなく、未来固有の動態をとり込んでいることである。
森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
HC公式ウェブサイト:fromHC
twitter:nmorimoto_HC
facebook:森本紀行