NHKニュースが、米国臨床腫瘍学会では免疫療法が中心的話題だと新しい流れを大々的に報道する一方で、クローズアップ現代では、免疫療法の大半をエビデンスがないと否定するような報道をした。番組冒頭で「詐欺師まがいの遺伝子治療」の例を紹介したが、免疫療法とは全く無関係の話なのだ。しかし、後段の部分とつなげると、明らかな「免疫療法の大半は悪だ」という印象を与えるような番組の構成だ。画面の背景として樹状細胞ワクチンが大きな文字で示されてされていたが、これは強烈な印象操作である。
多くの人たちは、「エビデンスのない治療法」という言葉を使って、新しいことをすべて否定する傾向にある。特に、国の中心にいる人たちにこの傾向が強い。国内外の製薬企業の下請けをすることが世界と競っていることだと誤解しているから、日本のがん医療が遅れてきた現実を直視して欲しいものだ。
歴史を振り帰ってみよう。国立がん研究センターは「遺伝子治療」を試みたことがあるのか?自分たちで免疫療法のドアを開けようとしたことがあるのか?国立がん研究センター東病院で熱心に免疫療法に取り組んでいる医師をどう評価するのか?「抗がん剤は毒だ」との批判コメントに何の対応もしなかった。この影響で、抗がん剤治療を回避して、救えたかもしれない命を失ったことに対して、どのように責任を感じているのか?そして、若尾医師のコメントが、国立がん研究センターの正式なコメントなのか、はっきりして欲しいものだ。
「エビデンス」は検証することによって始めて生み出される。しかし、人での「エビデンス」を検証する前には、基礎研究で、そして、動物実験で「エビデンス」が積み重ねられる。これも、また、「エビデンス」なのだ。効果がないと結果を受けての「エビデンスなし」なのか、評価が出来ていないという意味での「エビデンスなし」なのかを区別することもできていない。
基礎知識のないメディアも「エビデンス」を振りかざし、日本の医療の進歩を遅れさせてきたという意味では同罪だ。心臓移植も、骨髄移植も、生体肝移植も、人で検証する前には、人で有効だというエビデンスはなかったのだ。新しいことに対して、国やそれにつながる機関が率先して取り組んでこなかったから、日本は遅れているのだ。
私はペテン師のような医師を「白衣を着た詐欺師」と批難してきた。まじめに取り組みながらも、治療成績をはっきりさせてこなかった医療施設にも責任はある。NHKの番組では、すぐに米国の例を出して、米国と対比させるが、人的資源が日米では全く異なるのだ。
臨床試験の実施数も桁外れに少ない。日本では相談しても、標準療法の先の治療法がないのだ。日本の批判をして、米国を礼賛し、日本の実情を顧みない提案をする。本質的な問題を全く理解していない。根源的な問題を掘り下げて、対案を示さない限り、標準療法後の「がん難民」には何の助けにもならない。
米国国立がん研究所のローゼンバーグ先生は、賛否両論あるが、いろいろな免疫療法の試みをしてそれが評価されてきた。先週、彼のグループが、複数の転移巣のある乳がん患者に対して、腫瘍浸潤リンパ球を増やして治療したところ、完治したとの報告をした。このリンパ球は、がん特異的抗原を認識するものだ。これを含め、ネオアンチゲン療法、樹状細胞ワクチン療法(クローズアップ現代が、暗に、批判していた治療法だ)、そして、ネオアンチゲンを認識するTCR遺伝子を導入したT細胞療法ががん免疫療法の未来だと私は確信している。
日本で活動している免疫治療施設も、効いたと謳うなら、正々堂々と効果があった症例とその患者のデータを公開すればいいと思う。心ある人たちが集まって、治験を行い、データを集積して「エビデンス」を示していけばいいのではないのか?一部メディアの味噌と糞を一緒にした免疫療法バッシングで、日本の免疫療法は危機を迎えている。日本に戻り、心ある人たちの集団に参画して、患者さんを救えるように全力で取り組みたい。逆風が吹き荒れて、玉砕するかもしれないが、玉砕する時は、桜のように美しく散っていきたい。
PS: これを書きあげ、親友となったHans Schreiber教授と奥様Karinさんから頂いたカードに目を通した。読み進むうちに、目の前が曇ってきた。この6年余りの風景が走馬灯のように脳裏に流れる。しかし、「I want to contribute to help cancer patients」の一言は、頭の中に鮮明に浮かび上がっている。この言葉に心から共鳴できる人たちと一緒に頑張りたい。いよいよ、あと10分で搭乗だ!
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2018年6月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。