シンガポールで開催された歴史的な米朝首脳会談後、肝心の北朝鮮の非核化がまったく進んでいない中、対北制裁は着実に解除されてきている。米ラジオ・フリーアジア(RFA)が先月末報じたところによると、中国は北朝鮮の電力不足を緩和するために2基の発電機を提供したという。
同放送によると、発電機1基で毎日、最大10万キロワットの発電量が可能で、2基で20万キロワットだ。日本と同様、猛暑に襲われている北朝鮮の首都平壌の電力供給はこれでほぼ解決されたという。
人道的観点からいえば、北国民にとって幸だが、発電機は民生ばかりか、軍事目的にも使用可能なデュアルユース・アイテムであり、明らかに対北制裁破りだ。
また、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは2日、ロシア内務省の記録に基づき、昨年9月以降、1万人以上の北朝鮮労働者がロシアで新たに登録されたと伝えた。これが事実とすれば、ロシアは明らかに国連安全保障理事会の制裁決議に違反している。北の海外派遣労働者に関する情報は、「金正恩氏は現代の“奴隷市場”支配人」(2014年12月9日)と「北の海外派遣労働者の職場は『3D』」(2015年9月6日)の2本のコラムで詳細に書いたので、興味ある読者は再読してほしい。
それにしても、中露の対北制裁破りが堂々と行われているのには驚くが、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長がトランプ米大統領との間で約束した非核化に余り意欲を示さない理由はこれで一層明らかとなった。中露が経済支援を再開してくれれば、米国の要請を受けて非核化に迅速に応じる理由はないからだ。
中露両国は米朝首脳会談で北が非核化を約束したのだから、対北制裁も段階的に解除すべきだという立場を取っている。実際、米朝首脳会談前後から中国から北への旅行者が増加している。
RFAによると、「中国から北朝鮮への旅行者が5月以降急増している。中国人観光客の急増で、7月中旬までの中国国内から平壌行き列車の乗車券はすでに完売した」という。また、韓国の朝鮮日報は、「中朝国境にある中国丹東市の旅行会社は26日、最近、平壌を訪れる中国人観光客の人数は毎日1000人から2000人だ」という話を紹介している(「対北制裁の解除は既に始まった!」2018年7月3日参考)。
中露の制裁破りを受け、韓国が制裁解除に向かう可能性が益々出てきた。北側は既に制裁解除を韓国側に強い語調で要請している。朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は先月31日、南北間の経済協力事業の再開、具体的には、閉鎖された北の開城工業団地や金剛山観光事業の早急な再開を求めたばかりだ。韓国が北側の制裁解除要求にどれぐらい耐えられるかは不明だが、融和政策を提唱する韓国・文在寅大統領はさまざまな理由をつけて制裁解除に乗り出すのはほぼ間違いないだろう。
一方、「北の非核化」はどうか。北は同国核関連施設に関する冒頭申告書をいまだ提出していない。マイク・ポンべオ米国務長官によれば、「北朝鮮は、北西部・寧辺に使用済み核燃料再処理施設とウラン濃縮施設を保有し、核兵器に使われるプルトニウムとウランを生産している。平壌近郊にも秘密ウラン濃縮施設が存在する」というのだ。
ロイターが入手した国連報告書によると、「北朝鮮は核・ミサイル開発を続けており、洋上で船を横付けして荷物を違法に積み替える“瀬取り”によって、石油製品の密輸を行っている」という。トランプ政権が繰り返し主張してきた「完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄」(CVID)はどこへいってしまったのか(「制裁継続が最短の『北の非核化』の道」2018年6月26日、(「米朝の『宣言文』より『制裁』の維持を」2018年6月14日を参考)。
ちなみに、東南アジア諸国連合(ASEAN)各国と日米中や北朝鮮など27カ国・機関が参加したASEAN地域フォーラム(ARF)閣僚会議で4日、北の李容浩外相は、「米国は対北制裁の継続を呼び掛ける一方、朝鮮戦争(1950~53年)の終戦宣言に応じようとしていない」と非難している。
興味深い点は、金正恩氏はトランプ大統領宛て書簡の中で北の非核化についてどのように説明したかだ。ひょっとしたら、11月の米中間選挙が実施されるまで核実験・弾道ミサイル発射を行わないモラトリアムを約束することで、北の非核化の先延ばしを打診したのではないか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年8月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。