【GEPR】米国中間選挙と温暖化問題

有馬純 東京大学公共政策大学院教授

米国中間選挙がいよいよ来月に迫ってきた。メディアで流れる観測は民主党が下院で過半数を奪還する一方、上院では共和党が過半数を維持するというものだが、世論調査なるものがなかなか当てにならないことは2016年の大統領選で実証済みである。

先日、米国人の友人と話をした際、上記の「多数説」の真偽を聴いてみたところ、「全くわからない。トランプを支持していても、political correctness の観点から別な答をする人もいるし、世論調査に答えた人が実際投票するかどうかもわからない」との答だった。当たり前の話だが、選挙は終わってみなければわからない。筆者も米国中間選挙の結果には強い関心を持つものであるが、本欄のテーマであるエネルギー温暖化問題との関係について考えてみよう。

昨年6月にはトランプ大統領のパリ協定離脱表明等、今年は西部で山火事が頻発し、東部では洪水も発生した。米国人が温暖化について考える材料には事欠かないように思われる。2018年7月にABCニュースが成人1000人(民主党、共和党、無党派の比率は30:23:35)を対象に温暖化をテーマに行った意識調査の結果はなかなか興味深い。全体としてみると、「温暖化防止のため、政府はもっと温暖化対策を講ずるべきだ」が61%、「トランプ政権の温暖化問題への取り組みを支持しない」が57%、「トランプ大統領のパリ協定離脱に反対」が62%、「放置すれば米国に深刻な影響を及ぼす」が51%と民主党支持者、無党派を中心に温暖化問題を重視する声が目立つ。共和党、民主党の両極化が進む中で、エネルギー温暖化問題はもともと極めて党派性の強い分野の一つであり、上記の「米国政府はもっと対策を講ずるべき」との設問に賛同する人は民主党支持者で84%、共和党支持者で32%、無党派層で48%となっている。

このように全体としては温暖化問題を認知し、政府は対策を講ずるべきだとする一方、「温暖化規制が物価上昇につながることを懸念する」との声は74%にのぼり、具体的な温暖化対策のうち、電力料金引き上げには72%が反対、ガソリン税引き上げには64%が反対であり、逆に石炭火力の煤煙削減施設への減税に66%が賛成、再エネへの減税に82%が賛成となっている。要するに「温暖化問題は重要だし、政府は何かすべきだが、自分たちの生活コストの上昇につながる施策には反対」という「総論賛成、各論反対」の典型的パターンである。

上記の調査は温暖化に焦点を絞ったものであるが、中間選挙に向けて様々なイシューがある中で温暖化はどの程度のプライオリティになっているのだろうか。本年3月にイエール大学とジョージ・メーソン大学の気候変動コミュニケーションセンターが「中間選挙における以下の28項目のイシューに関する候補者のポジションは貴方の投票決定にどの程度重要な影響を与えますか」との意識調査を行った。28項目とは1.ヘルスケア、2.経済、3.社会保障、4.銃政策、5.教育、6.テロリズム 7. 道路改修、8.環境保護、 9.連邦財政赤字、10. 移民改革、11.税制改革、 12.ロシア選挙介入、13.所得格差、14.クリーンエネルギー開発、15.気候変動、16.災害支援、17.人種問題、18.犯罪取り締まり、19.エネルギー独立20.中絶、21.外交政策、22.オピオイド、23.選挙資金改革、24.同姓婚、25.貿易、26.ウオールストリート改革、27.アフガニスタン、28. マリワナ合法化である。

回答者全体では気候変動は15位であり、決して高いとは言えない。ちなみに1位はヘルスケア、2位社会保障、3位経済、4位銃規制、5位教育、6位移民改革(6%)、7位所得格差、8位中絶、9位連邦財政赤字、10位テロリズムである。温暖化の順位はリベラルな民主党支持者にとっては4位、保守的な共和党支持者にとっては28位と例によって党派色が強いが、リベラルな民主党支持者でさえヘルスケア、銃規制の方に高いプライオリティを置いている。ちなみに保守的な共和党支持者のプライオリティは経済、テロリズム、移民問題と対照的である。

出所:Yale Program on Climate Change Communication, George Mason University Centre for Climate Change Communication “Politics & Global Warming” (March 2018)

出所:Yale Program on Climate Change Communication, George Mason University Centre for Climate Change Communication “Politics & Global Warming” (March 2018)

この2つの世論調査を併せ考えると、個別に温暖化について意見を聞かれると多くの人が温暖化の重要性を指摘するが、他のイシューとの相対関係で見るとリベラル派を除けば優先順位はそれほど高くないようだ。

このため、今回の中間選挙で共和党の候補者はもとより、民主党の候補者もホームページやテレビ広告等で気候変動に言及することはほとんどないという。民主党の候補者にとって「票につながりにくく、共和党の対立候補に攻撃材料を与える」という計算が働いているのかもしれない。

しかし、選挙で温暖化がクローズアップされないとしても、詰まるところ選挙戦術であり、下馬評どおり民主党が下院で多数を奪還すれば、エネルギー温暖化分野で一定の影響はあるだろう。第一にトランプ政権発足直後に石炭採掘の水流保護規制撤廃法案が可決されたように、化石燃料産業の規制緩和を法律で行うことは困難となるだろう。第二にトランプ政権の連邦予算提案が下院でブロックされることになるだろう。第三にプルイット前EPA長官が公費濫用を批判されたようにトランプ政権の高官に対する調査、ヒアリングなどが民主党多数の下院で頻発し、トランプ政権のアジェンダ遂行にブレーキをかける可能性もある。

ただし、民主党が下院で多数を占めたとしてもできることに限界があることも認識する必要がある。オバマ政権は共和党が上下両院で多数をしめていたことから議会に諮らず、大統領令でパリ協定の批准やクリーンパワープランを実施した。議会を通していないが故にトランプ政権でもオバマ政権とは正反対の施策が大統領令で行われている。仮に下院で環境色の強い法案が民主党の賛成多数で承認されても共和党が上院で過半数を維持すれば成立しないこととなる。仮に上院でも民主党が多数を占めたとしても大統領拒否権というカードがある。これを覆すには両院で3分の2の支持が必要だが、そこまでの多数を民主党が占めるとも考えにくい。米国の温暖化政策が本当に変わるかどうかは2020年の大統領選まで待たねばわからないということだ。