出版物にも次々登場
日本の出版物によると、米国の「世界的戦略家」とされる人物が日本に急接近し、立て続けに書籍や月刊誌に登場しています。安倍首相にも何度か会い、現政権にも日本の戦略を提言しているようです。本当の「国際的戦略家」なら、トランプ政権が手離さないはずなのに、この人物は日本に関心を寄せ、接近したいようです。
エドワード・ルトワック氏(1942年生まれ)です。米でトップクラスのシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)の上級顧問で、出版物によると「戦略家、歴史家、経済学者、国防アドバイザー。ホワイトハウスの国家安全保障会議メンバーも歴任」とあります。ルーマニア生まれのユダヤ人です。
ルトワック氏の専門的書籍は別として、一般向けの文春新書「中国4.0-暴発する中華帝国」を出版したのは16年3月です。ずけずけと本音で書くスタイルに定評があります。その後、同「戦争にチャンスを与えよ」が17年4月の刊行です。さらに今年の9月に同「日本4・0-国家戦略の新しいリアル」です。
かなりのぺースで、日本の対外、安保戦略のあり方について提言しています。そう思っていましたら、政権に近い山内昌之・元東大教授(歴史学者、中東専門家)が新聞の大きなコラム「日本の新戦略ー第一次大戦の教訓を生かせ」(読売10月21日)の中で、「日本は戦略下手どころか、すこぶる高度な戦略文化を駆使してきたと、ルトワック氏が論じている」と、かなり喜んで紹介しました。
安倍首相は稀に見る戦略家と礼賛
山内氏は官邸の国家安全保障局顧問会議座長、21世紀構想懇談会メンバー、教育再生実行会議委員などを務めています。恐らくルトワック氏を招いた官邸の研究会などで面識があると思われます。安倍首相にも何度か会っており、「安倍総理は稀にみる戦略家だ」と、首相礼賛論を書いております。
まだ終わりません。右翼寄り月刊誌の「WiLL」12月号に「ルトワックいわくーアメリカは中国共産党を潰す」、同じく右翼寄りの「Hanada」に「中国は間違いなく政権崩壊する」が掲載されました。米中貿易戦争のさなかに対中批判が掲載されたのは、意図があってのことでしょう。
ルトワック氏は安倍首相を礼賛するばかりでなく、日本には高度な戦略文化があったと、高い評価を下しています。「内戦を完全に封じ込めた1.0-江戸時代、包括的な近代化を達成した2.0-明治、弱点を強みに変えた戦後3.0、そしていま日本は戦える国に進化するー4.0」という論旨の展開です。
日本を持ち上げ、安倍首相に最高の評価を与えながら、「日本は戦える国に進化」という分析、予言、提言の裏にはしたたかな戦略ビジネスの計算があるのでしょうか。徳川家康についても「人類史上、稀にみる最高レベルの戦略家」との表現です。そこまで言われると、「本当にそうかな」と首を傾げます。
毒ある戦略論、逆説的な論理
ビジネス的な計算を働かせているのかどうかは別として、ルトワック氏の思考は「毒のある戦略論」、「逆説的なロジック」だとの評価があります。ごつい顔つきで本音を吐きますから、「そうか、そういう見方もあるのか」と教えられる点も少なくありません。
日中問題の最大の課題の一つ、尖閣諸島への脅威について、ルトワック氏は「日本本土への侵攻というより離島の占拠だから、米国は離島の防衛まで面倒を見切れない」と、主張します。日米安保条約で同盟を「守る」とは「日本の根幹としての統治機構システムを守る」という意味だと、指摘します。
「小さな脅威は日本が自らの力で対処すべき問題だ」と、いいます。日本では、特にメディアは「日米安保は日本の領土の適用されるから、尖閣に異変が起きれば、米軍の支援が当然ある」との解釈ですね。ルトワック氏は「そのレベルは日本の防衛力で頑張ってみろ」と、突き放しているのです。「尖閣に武装人員を常駐させよ」とまで言い切ります。
戦争と平和についても、常識的には「平和を守るためには戦争を放棄する」ですね。それに対し、ルトワック氏は「戦争こそが平和をもたらす。国連は停戦だというだけで、その場を立ち去る。戦争を止めるために介入してはならない」と、これも常識とは正反対の意見です。国庫が空になり、疲弊して、どちらかが敗北し、そして平和が訪れるとの考えです。
著書の「戦争にチャンスを与えよ」は、「そんなバカな」という逆説に満ちています。さらに日本の関係者に「北朝鮮のミサイル基地、核関連施設への攻撃を準備すべきだ」と、提言しています。もっとも、トランプ米大統領は武力攻撃でなく、北朝鮮と非核化の交渉に踏み込んでいますから、ルトワック氏の提言は無理筋ということになりましょう。
ただし、安倍首相との会談では、こうした話もしていることでしょう。無理筋の提言は多くても、政権とどんな話を交わし、日本側がどのまで影響を受けたかを、測る上では参考になりましょう。安倍政権がかなりのタカ派的な影響を受けていると見受けられます。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2018年11月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。