ゴーン事件は「役員報酬飛ばし」か「経営統合つぶし」か

池田 信夫

きのう日産の取締役会で、カルロス・ゴーン会長が全会一致で解任された。これを日経新聞は「あまりにひどい」という見出しで報じたが、ル・モンドは「経営統合を恐れた日産側が解任を急いだ」と報じた。どっちの筋書きもありうるが、この事件はまだ疑問が多い。

検察の筋書きでは「5年間で50億円」とか「8年間で80億円」という巨額の所得隠しを経営陣は何も知らず、今年6月の「内部通報」で調査して初めてわかったというが、たとえば有価証券報告書の「株価連動型インセンティブ受領権」(SAR)がゴーンだけゼロになっているのはおかしいと思わなかったのだろうか。

他方で陰謀だとかクーデタだという批判があるが、ゴーンが巨額の脱税をしていたとすれば、身柄を拘束することはおかしくない。だが検察の逮捕容疑は金融商品取引法違反だけで、所得税法違反ではない。勾留期限の来るとき脱税が追加されるのかもしれないが、税務上の問題はどうなっているのか。

日経の報じた有報の記載の「0円」は余りにもわかりやすく、かえって不自然だ。現金の役員報酬が1億円余りの取締役が4200万円のSARを受け取っているのに、現金で10億円受け取ったゴーンのSARがゼロということはありえない。税務署には、どういう説明をしていたのか。

検察のいう「5年で40億円」のSARを付与したのが、社宅購入で問題になっている(連結対象外の)オランダ子会社だとすると、毎年8億円が日本の課税所得から外れる。これは税務当局にとっては大問題なので、日産の経営陣と協議が行われたはずだ。それともこの子会社の存在そのものが秘密だったのか。

今月7日に日産は、タックスヘイブンを使った租税回避で、東京国税局から200億円の申告もれを指摘された(日産は異議申し立て)。最近になって国税はタックスヘイブンの課税をきびしくしているので、その変化が背景にあるかもしれない。

SARの設定は会長の裁量でできるが、その結果は社内ではわかっていたはずだ。グレッグ・ケリー(および司法取引に応じた2人の役員)が秘密に処理したというのが検察の筋書きのようだが、これほど大規模な不正経理を海外でやるには社内に多くの協力者が必要だ。本当に他の役員は知らなかったのか。特にゴーン側近だった西川社長が何も知らなかったとは考えにくい。

こう考えると「今年になって内部通報で発覚した」という経営陣の筋書きは信用できない。国税にも秘密で、会社ぐるみの所得隠しをやっていた可能性もある。経営統合の話が出てきたので、このスキャンダルを取引材料にしてゴーンを降ろそうとしたが、彼が拒否したので検察を使った――という陰謀論にもリアリティがある。この場合は経営陣も連帯責任を追うので、取締役が総退陣になる可能性もある。

ゴーンの立場からみると「10億円を超える役員報酬は海外子会社に飛ばして隠すことで経営陣と合意したのに、今ごろ刑事事件にするのは約束が違う」という話になるだろう。こういう国際税務の問題はグレーゾーンが大きいので、犯罪の立証は容易ではない。ゴーンの代理人には東京地検特捜部の手の内を知り尽くしている大鶴元特捜部長が就任したので、法廷闘争はかなりきびしい闘いになるのではないか。