「心的外傷後障害」に悩む犬と猫の話

幼い時に経験した強烈なショックや心の痛みはその人の生涯を付きまとい、癒されることがない。イラクやアフガニスタン帰りの米軍兵士は帰国後、心的外傷後障害(PTSD)に悩まされる。残念ながら戦場帰りの元米軍兵士による襲撃事件が頻繁に発生している。戦場での強烈な場面や出来事は容易には癒されず、時には暴発する。

▲ウィ―ンの「動物ハイム」いたボスニアの犬 2008年8月16日、ウィーンで撮影

▲ウィ―ンの「動物ハイム」いたボスニアの犬 2008年8月16日、ウィーンで撮影

ところで、PTSDに悩まされるのは帰国した米軍兵士や幼少時代に聖職者によって性的虐待を受けた人たちだけではない。人間の友である犬も猫も同じようにPTSDに悩まされているのを目撃する。当方が直接見てきた犬と猫のPTSDの状況を少し報告する。

ゴールデンレトリバーの堂々とした雄犬をお世話したことがある。犬の持ち主が緊急時のため犬を世話できないので当方宅で暫く世話をすることになった。大きな犬で散歩していても通行人が振り返るほど立派な犬だった。犬は基本的には散歩を好む。都会生活で狭い空間にいる犬などは特にそうだ。「彼」も例外ではないかった。そこまでは通常の犬だ。しかし、散歩中に彼が普通の犬ではないことが分かった。子供を恐れるのだ。特に、スケートボードなどの音が近づくと恐れてその場に座り込み、絶対に動かない。歩道を渡っていた時だ。「彼」は突然、歩道の真ん中で座り込み、一歩も動かなくなった。当方は焦った。車が来るし、周囲の人々も何が起きたのかを聞いてくる。仕方がなかったので当方は重い「彼」を担いで歩道を渡り切った。

「彼」はショック状況だった。「彼」を激励して急いで帰路に向かった。犬は通常、散歩から家に戻る時に抵抗するものだ。帰りたくないからだ。もっと外で遊びたいわけだ。しかし、「彼」はそうではなかった。一刻も早く家に戻りたかったのだ。

「彼」は子犬時代から一人で家で留守番をすることが多かった。飼い主が時間がないこともあって、「彼」は一日中、一人で家の中にいた。夜遅く帰ってきても、飼い主は疲れて散歩もできない。それでも「彼」は主人が帰ってくると、しっぽが切れるのではないかと心配するほど尾を振った。

幼少時代の孤独な日々、一度体験したスケートボードなどに興じる子供との体験があって、「彼」は普通の犬でなくなった。幸い、「彼」は2度目の持ち主に愛され、ウィーンからドイツに引っ越していった。そこで数年後、亡くなったと聞く。

犬だけではない。猫の「彼女」もそうだった。猫の場合、多産のケースが多いので、知り合いからもらうケースがほとんどだが、「彼女」の場合、飼い主はネットで見つけてお金を払って買ってきた。飼い主が頭をなでようとすると「彼女」は爪を出して威嚇する。猫の場合、飼い主に抱っこされることに抵抗がないものだが、「彼女」はそうではなかった。常に警戒し、知らない人が家に来ると、ベットの下に潜り込む。特に、子供が好きではない、というより怖がる。

飼い主にはなついたが、訪問客に愛想のよくない子猫に飼い主は少々辟易している。「彼女」の場合、多分最初の飼い主に叩かれ、蹴られたりしたのだろう。人に無防備で身を委ねることがない。常に何かに怯え、警戒心を解かないのだ。

犬の「彼」も猫の「彼女」もイラクやアフガニスタンで戦場を体験し、強烈な体験をしてきたわけではないが、生まれた直後の最初の飼い主との出会い、扱われ方が「彼ら」の生涯、癒されることない痛みとなっているわけだ。

PTSDの犬猫は決して少なくない。飼い主から愛された犬や猫はその天来の美しさ、愛らしを発揮し、飼い主に美と喜びを返すが、そのような人生を送ることができず、生涯、その痛みを背負って生きている犬や猫がいる。

ジョージ・H・W・ブッシュ元米大統領が愛してきた介助犬サリーはブッシュ氏が先月30日に亡くなり、棺にその遺体が納められた後も別離を惜しんでその場から離れず座り込んでいる写真が世界に配信された。サリーは飼い主のために全力を投入した幸せな日々を振り返っているのだろうか。犬が飼い主に最後まで忠実な姿勢を崩さないシーンは感動を呼ぶ。一方、PTSDに苦しむ犬や猫はそのような感動を体験できず、自身に刻印された過去の痛みを背負っている。不公平だといえば、不公平だが、そんな不満を決して漏らすことなく、「彼ら」は生きている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年12月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。