停車後は危険運転致死罪の適用はないのか?

荘司 雅彦

神奈川県大井町の東名高速道路で昨年6月、あおり運転を受けて無理矢理停車させられた夫婦が別のトラックに衝突された事故の裁判が話題になっている。

NHKニュースより:編集部

自動車運転処罰法違反(危険運転致死傷)などの罪に問われた石橋被告人の弁護側は「停車後の事故に危険運転致死傷罪は適用できない」と主張した。

運転中の行為に対する処罰を前提とした危険運転致死傷罪が、停車後の事故に適用されるかが最大の争点となっていると報じられている。裁判員裁判であることもあり、法を無視した感情的判断がなされることを危惧し、危険運転致死傷罪の条文に当たってみた。

(第二条、第三条)下記の行為によって人を死傷させた者
5(他は省略)人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に侵入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

この条文だけを見ると、5の危険なあおり運転を行って、その行為の結果として人を死傷させれば危険運転致死傷罪が問題なく成立するように読める。

おそらく弁護側は、一度停車して「あおり運転」による危険が回避された以上、その後のトラックとの衝突は不幸な偶然であり、「あおり運転」と結果との間には因果関係がないと主張したのではなかろうか(あくまで、私個人の推測だ)。

例えば、あおり運転を受けた車の運転者が危険を感じて自車を停車させた。

そこに運悪く落石があって運転者が死亡した場合には、「あおり運転」と落石による死亡との間に因果関係を認めることは困難だろう。

判例の立場は、一応「あれなくばこれなし」という条件関係があれば因果関係を認めると言われることが多いが、落石による死傷についてまで被告人の責任を問うことはないだろう。

条件説と評価されながらも、実際は、行為時の特殊事情や行為後の介在事情を考慮して「因果関係」の有無を判断している。

後続のトラックが衝突した場合と落石の場合で結果が異なるとしたら、どういう論法を用いるのだろうか?

学説の主流である「相当因果関係説」は、「一般人の社会生活上の経験に照らして通常その行為からその結果が発生することが相当と認められる場合」に「因果関係」ありとする。

本件にあてはめると、危険なあおり行為を行えば他の走行車両との接触事故が起こったり、急停止して追突されることは、一般人の社会生活上の経験に照らして十分起こりうることだ。落石というアクシデントが起こることは、一般人の社会生活上の経験に照らせば想定できない。

おそらく、判決も条文の文言と高速道路での「あおり行為」が(他車が介在しても)死亡事故に繋がり得るのが経験則として、危険運転致死傷罪を適用するだろう。

本件被告人は資力がなさそうなので、弁護人はおそらく国選弁護人なのだろう。
世界中が敵に回っても、職務として引き受けた弁護人だけは被告人の味方にならなければならない。
情状酌量でお茶を濁すことなく、一縷の望みであっても無罪主張をし、真剣に職責を果たしている姿には敬意を表したい。

荘司 雅彦
幻冬舎
2016-05-28

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2018年12月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。