金融におけるフィデューシャリー・デューティーの長く深い射程

金融機関同士が熾烈な競争を展開しても、全金融機関の事業の総量自体は少しも増えず、一方で費用が増加し、他方で金利が確実に下がるので、単に金融機関の利益が圧縮されるだけである。しかも、より深刻な弊害は、新規営業に多くの時間と活動量を振り向けることで、既存の顧客に費やす時間と活動量を削減させ、サービスの質の低下を招くことである。

今、発想の転換が必要である。もはや、新規に開墾すべき畑はない。しかし、既存の畑を深く耕せば、収穫を拡大できる。要は、量から質への転換、即ち徹底した既存顧客への密着が必要なのである。

例えば、法人融資において、顧客密着は、情報の対称性による債権管理の高度化を通じて、潜在リスクを低下させ、また、事業性評価に基づいた顧客の真のニーズに適うことを通じて、採算性を向上させるのである。そして、顧客企業の経営の質を高め、成長を支援できれば、最終的には、顧客の成長とともに、融資額も成長していくことが期待されるわけである。

また、生命保険において、国内市場の成熟と飽和が明らかななかで、銀行等の新チャネルを通じて、新しい顧客に対して、保険的要素の希薄な外貨建て等の貯蓄性保険を販売しようとすることは、保険経営の本質からの逸脱とも考えられる。むしろ、生命保険固有の事業領域として、誕生から死亡までの超長期の顧客密着により、ライフサイクルの推移に応じて適切な商品とサービスを顧客の視点で提供していくことこそ、生命保険会社の成長戦略であるべきだろう。

こうした徹底した顧客志向性を資産運用関連業務において具現化したものこそ、フィデューシャリー・デューティーである。それは、即ち専らに顧客のためにという理念であり、その理念を自己規律として規範化したものだ。

ここでいう顧客とは、現にある顧客のことであり、新規の見込み顧客は含まない。なぜなら、フィデューシャリー・デューティーの中核概念の一つに金融機関が受け取る報酬の合理性の問題があるからである。新規の営業活動には当然に経費がかかるが、その費用を既存の顧客からの報酬で賄うということは、専らに顧客のためにという理念に反する。故に、新規の営業活動に自制が働くのである。

では、なぜ投資運用業者が成長できるかというと、全精力を運用の質の向上に投入し、よりよい成果を生めば、顧客の契約残高が自然増加していくからである。こうして、顧客との共通価値が創造される。このことは、資産運用業の本質であるだけではなく、全ての金融分野に当て嵌まる事業理念である。フィデューシャリー・デューティーの射程は長く深い。

 

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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