「報道特集」という番組で、中国・深圳の様子が紹介されていた。ゲノムバンクでは、細菌・ウイルスから植物・動物に至るまで、膨大な種類のゲノム(DNA)が収集され、保管されているという。絶滅危惧種のDNA,もしくは、細胞を保管しておけば、絶滅していても、技術の進歩によって再び作り出せる可能性があると言っていた。その通りだと思う。日本のように縦割り社会ではできないことだ。
また、北京ゲノム研究所(BGI=Beijing Genome Institute)が紹介されていた。独自のDNA解析装置を開発し、解析価格が60%になったそうだ。また、2500万人分の遺伝子解析をしたそうだ。DNA解析装置の開発については、特許の問題があり、日本でこれができるかどうかは疑問だ。また、2500万人分についての解析だが、どのレベルの遺伝子解析なのかわからない。
例えは適切ではないが、1ミリメートルレベルの解析なのか、1キロメートルレベルの解析か、そこが問題だ。全ゲノム解析であれば、一人4-5万円としても解析コストだけで1兆円の費用がかかるので、これは信じがたい数字だ。メディアのリテラシーの低さが、こんな単純な疑問さえ思い浮かばない理由だろう。遺伝子・ゲノム解析と言ってもピンキリなのだ。報道する側がゲノム・遺伝子について、あまりにも知識レベルが低いのは嘆かわしいことだ。
「相棒」の最終回で、ゲノム編集が取り上げられていた。このような番組で、この言葉が伝えられるのは一般の方に知識を普及する上で重要なことだと思う。遺伝子操作によって危険なウイルスが生み出される可能性がテーマだったが、これはドラマの世界に留まらないことを知って欲しい。
しかし、「DNAの中の遺伝情報がゲノムだ」とのセリフは、明らかに変な文章だった。ゲノム医療・がんゲノム医療などのゲノムを含めた言葉が飛び交っているが、教育が時代の進歩から取り残されていることが、先端的な技術の普及に大きな壁となっているので、早急な是正が求められる。
遺伝子操作植物が恐ろしいものを生み出すように語られた時があった(今でもそのように思っている人が少なくない)が、食べたものは、胃から十二指腸・小腸で分解され、ブドウ糖やアミノ酸の形で吸収されるし、DNAもズタズタに分解される。したがって、コラーゲン豊富な食事をすると、お肌がプリプリになるなど、非科学的な迷信なのだが、これを信じている人も多い。
人の遺伝子の「ゲノム編集」については、私は個人的には反対だが、植物や家畜に対するゲノム編集は広がってくるだろう。絶対に安全かどうかは、神のみぞ知るだが、地球上の人口増加によって、近い将来に食料の絶対不足が起こることは確実である。これらに対する備えを国として行っておくべきだが、知らないことに対する感情的な拒否が、必要な科学議論にブレーキをかけている。理想論では語れない現実を見据えた冷静な議論が不可欠なのだが、憲法議論と同じで、強硬な反対論者は議論さえ封じ込めようとする。
がんの標準療法も似たようなものだ。抗がん剤治療を拒否する患者さんが少なくないにもかかわらず、これらの患者さんは自己責任だとして見捨てることが正しいと信じて疑わない医師がいる。これだけ色々な可能性があるにもかかわらず、標準が最善でそれを超えるものがないと思えることが不思議だ。診療拒否まがいのことが普通であるような医療は、医療における根源が失われているのではと考え込んでしまう。
医療は劇的に変わろうとしている。がん医療は、ゲノム、免疫療法と人工知能をキーワードに革命的な変化を起こしつつある。中国での人工知能開発も驚異的だ。そんな中、人工知能の医療現場の応用の一端を水曜日のNHKラジオ番組「NHKジャーナル」で紹介した。
NHKジャーナル「人工知能を使った医療への取り組み・中村祐輔」
「32分から45分」と「66分から70分」が私の出演部分だ。時間のある方は聞いて欲しい。必要なことに挑戦していく心意気が大切だ。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年3月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。