認知症の当事者が言われる「生きづらい」ことや「生活しにくい」ことは、どういうものでしょうか。それは自らの意思とは関係なく、自らが望んでいない生活を余儀なくされること、また社会や環境が整備されていないこと等です。
でもそれは認知症の人に限らず、私たちにも当てはまることが多くあります。私たちはまさに”認知症を自分事”として考え、一人ひとりが人生の主人公でいられるような社会や環境を創設していきます。
NPO町田市つながりの開が運営するデイサービス「DAYS BLG」のパンフレットの一節だ。見学・体験させてもらったDAYS BLGはこの一節を具体化しているもので、これまでの認知症のイメージを変える、驚きの連続だった。
朝10時。メンバー(※BLGでは、いわゆる利用者のことを、スタッフとの垣根をなくすため、メンバーと呼ぶ。また、同じ観点からスタッフの制服もない。)、スタッフ、私も含めた見学者が簡単に自己紹介。その後、それぞれが午前中やりたいことをじっくり聞きだす。
「今日は、ホンダの洗車、パンフレットのポスティング、そして筍をなんとかするという仕事があります。皆さん、なにがやりたいですか」
「お昼ご飯は、なにがいいですか」
大きくホワイトボードに書く前田隆行理事長。
決して結論を急がない。意見が変わってもぜんぜん問題ない。ゆっくりと話しかける。もちろんもっと早く決めることもできるが、それは必ずしもメンバーの本心ではない。また、ゆっくり話しかけることで、今日のメンバーの体調や気持ちも分かってきて、さらにメンバー同士も打ち解け、笑顔がこぼれてくる。
11時前出発。僕は、メンバー、スタッフとともに、ホンダカーズの自動車販売所で洗車を体験することになった。
DAYS BLGは、世界で初めてデイサービスの一環として、新車の洗車を取り入れた。イベントとしてではなく、月曜日から土曜日まで、日曜日を除いて毎日、新車を洗車する。
そして、BLGを通じて、メンバーに月数千円程度の報酬が手渡しされる。
「もともと医療と介護は対になるもの。病気の治療をしながら稼ぐ人はたくさんいる。なぜ認知症のケアを受けながら稼いだらダメなのでしょうか?」と、松田理事長。累次の交渉の結果、現在は、厚生労働省の通知においても、デイサービスの利用者が報酬を得ることも認められている。
実は、僕にとって洗車は初めての体験。慣れたメンバーの方々に、いろいろと教えてもらった。
「最初に屋根をさっと吹けばいい」
「こうやれば汚れが取れやすいよ」
当たり前のことだが、認知症になっても、できること・やりたいことがあること、あるいは健常者と言われる人でも不得手なことがあるということが、すとんと腹に落ちた。
毎日通うので自動車販売所の方とも仲良くなる。また、報酬をいただくことで、自分が社会に参画・貢献しているという自負を持ち、その報酬で孫などにプレゼントを買うこともできる。生活者=消費者として活動することもできる。
さらに、認知症の方々の社会参画・貢献を促すということで、全国からこのホンダの自動車販売所にお客さんが訪れ、売上の向上にもつながっているという。win-winの関係だ。また、日常的に認知症の方々と接することで、自動車の顧客の変化にも気づくようになり、認知症が疑われる場合には、関係機関と連絡する体制も構築されている。
1時間余りの”労働”を終えて、みんなの希望で、今日は地元で人気の定食屋へ。頭も手も体も動かして、とにかく食事が美味しい。会話が弾んだ。
メンバーの中には、要介護3・要介護4の認知症の方も少なくない。数分前の質問と、同じ質問をされることもある。でも、みんなで時間を共有し、楽しく笑うことに何の支障もなかった。そういう特性があるだけだ。
一方で、認知症でも、自分が楽しかった・感動したことは数十年前のことでもよく覚えている。人生経験豊富なメンバーの方々の昔話を聞くのは、とても面白かった。
「新車に傷をつける、怪我をするなどのリスクはないんですか?」
最後に、前田理事長に聞いてみた。
「生きることは、必ずリスクがあるんです。デイサービスの中には、怪我をさせないため、8時間のうち7時間くらい座らせているところもあります。でも、それは褥瘡になったり、不活性病になるという別のリスクもあります。だから、本人の意向を尊重することが大切なんです。」
制服、カリキュラム、・・・デイサービスの”当たり前”を、一人ひとりが人生の主人公という視点から見直したとき、認知症になっても笑顔で暮らすことができるという確信を持てた。
<井上貴至 プロフィール>
編集部より:この記事は、井上貴至氏のブログ 2019年4月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は井上氏のブログ『井上貴至の地域づくりは楽しい』をご覧ください。