李勇事務局長の最近の動きを見ていると、エイブラハム・リンカーン第16代米大統領(1809~65年)のゲティスバーグでの名演説を思い出してしまう。リンカーンは「人民の、人民による、人民のための政治」を表明したが、中国共産党政権元財務次官だった李勇事務局長は「中国の、中国による、中国のための事務局長」といった歩みを見せてきているのだ。
李勇事務局長はウィーンに拠点を置く国連工業開発機関(UNIDO)のトップだ。米国、英国、カナダ、オーストラリアなど主要な先進国は既に脱退したが、まだ167カ国の加盟国を有する国連の専門機関だ。その事務局長のポストを務める李事務局長がここにきてあからさまに「中国の、中国による、中国のために活動」に没頭し出したのだ。具体的には、中国通信機器大手ファーウェイ(華為技術)を支援し、同社の広報官のような活動に邁進中なのだ。
具体的に例を挙げて説明する。李勇事務局長は4月4日、オーストリアのファーウェイ社最高責任者(CEO)のPan Yao氏をUNIDOに招待し、会談。最高責任者から「ぜひ、ファーウェイの本社を訪問してください」と招かれると即快諾し、4月24日には深セン市を訪問した。国連専門機関のトップが、ファーウェイ関連の仕事しか関心がないといわんばかりの対応だ。李事務局長は深センで周明成副社長と会談し、UNIDOとファーウェイとの協力関係の強化を話し合っている。
李事務局長は、「開発途上国のデジタル化の貧困は国連の『持続的発展目標アジェンダ2030年』の実現の最大の障害となっている。UNIDOの課題を果たすためにも情報通信技術(ICT)のインフラは重要だ。ファーウェイはICT問題解決ではグローバルな供給者だ」と持ち上げ、ファーウェイの貢献に期待を表明。それに対し、周明成副社長は、「アフリカ諸国のデジタル化に貢献する用意がある」と述べ、UNIDOとの協力に積極的な姿勢を示した。
興味深い点は、オーストリアのファーウェイ最高責任者のUNIDO訪問、そして李事務局長の深セン市訪問が、ファーウェイが米国などから中国共産党政権の情報工作に関与していると容疑をかけられ、守勢に回っている時だったことだ。その時、国連専門機関のトップがファーウェイの責任者と会談し、同社の本社まで訪問してファーウェイの活動を称賛していたのである。
米国政府は「ファーウェイが中国のスパイ活動を支援している」として、米国市場から追放する一方、カナダや欧州諸国にも同様の処置をとるように働きかけてきた。米国政府は今年に入り、カナダ政府が昨年12月、米政府の要請で逮捕したファーウェイ社の創設者任正非氏の娘、孟晩舟・財務責任者の引き渡しを要求したばかりだ。
米国が恐れるシナリオは、ファーウェイが2020年に実用化を計画している5G(第5世代移動通信システム)の覇権だ。通信情報世界では5G時代を迎える。現在の4G(LTE)よりも超高速、超大容量、超大量接続、超低遅延が実現する。本格的なIoT(モノのインターネット)の時代到来で、通信関連企業は目下、その主導権争いを展開している。5Gが実現され、IoT技術が普及すると、家電製品や車などさまざまなモノがインターネットに接続され、モノの相互通信・データ収集が実現する。米国が警戒している点は、中国の5Gの軍事利用だ。ファーウェイがその手先として利用されていると受け取っているわけだ(「ファーウェイは実質的には国有企業」2019年4月26日参考)。
ジュネーブの本部を多く国連専門機関「国際電気通信連合」(ITU)のトップ、中国人の趙厚麟事務総局長も先日、ファーウェイを高く評価するなど、中国側は国を挙げてファーウェイ防衛網を築き、米国らの反ファーウェイに反論してきた。すなわち、中国側は米国の影響が少ない国連機関を通じて反撃に出てきているのだ。例えば、米国は1996年、UNIDOの腐敗体質を批判して脱退しているから、李事務局長は独自の路線を突っ走ることができるわけだ。
ちなみに、李勇事務局長は昨年4月、中国メディアとのインタビューで、「UNIDOは中国共産党と連携し、習近平国家主席が提唱した『一帯一路』プロジェクトを推進させてきた」と述べるなど、中国色丸出しの発言が多い。
トランプ米政権は国連離れ、国連軽視の路線の修正の必要性がでてきた。このままいくと、中国は国連を反米路線の拠点にし、国際社会の過半数を味方にするだろう。李勇事務局長の言動はそのことを端的に示している(「米国の“国連離れ”はやはり危険だ」2018年7月31日参考)。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年5月15日の記事に一部加筆。