がん細胞が作り出すPD-L1とリンパ球の表面に存在しているPD-1とが相互作用するとリンパ球の働きを抑える。このPD-1とPD-L1が手を結ぶのを、PD-1/PD-L1、いずれかの抗体で妨害するとリンパ球が活性化され、結果的にがん細胞を叩く。これが、免疫チェックポイント阻害剤と分類されるPD-1/PD-L1抗体が効果を発揮する理由だ。
これらの抗体医薬品が有効な患者さんでは、一般的に遺伝子異常数が多く、これによってがん細胞の表面にあるがん特異的抗原(ネオ抗原=ネオアンチゲン)数が多くっていることが知られている。それらのネオアンチゲンに反応して、あらかじめ、がん組織内の細胞傷害性リンパ球が多くなっていると、PD-1とPD-L1の結びつきを断ち切る抗体が効果を発揮しやすくなるようだ。このような流れから、PD-L1ががん細胞でたくさん作られていると抗体薬の効果が高くなるはずだとの仮説が立てられ、それを支持するデータが報告された。
しかし、この最初の論文の結果を否定するデータもたくさんある。また、PD-L1が陰性の場合でも、一定の有効率が認められ、これが大きな謎として語られてきた。同じ腫瘍内のがん細胞や異なる部位の腫瘍でのがん細胞の性質が異なる(多様性が高い)ので、ごく一部を調べただけでは全体を反映していないからだと考えられてきた。
MDアンダーソンセンターの教授であって、最近、中国医薬大学の学長に就任した洪明奇博士が、台湾の会議で、興味深いデータを発表した。もうすぐ、Cancer Cell誌に公表されるとのことだが、「現在使われている抗PD-L1抗体が、糖鎖修飾を受けたPD-L1を認識することができないため、偽陰性と判定される」とのことだった。さらに、糖鎖がついたPD-L1の方がPD-1と結合しやすいらしい。
糖鎖を取り除く処理をした後で、抗PD-L1抗体で調べなおすと、陰性と判定されていた症例でもプラスになった例がかなりあると紹介していた。詳しいことはわからないので、論文が公表されてからゆっくりと読んでみる必要があるが、興味深いデータである。がん細胞でPD-L1を強制的にたくさん作らせて、分子量を調べれば、この程度のことは簡単に推測できていたはずだが、意外にも誰も考えつかなかったのかもしれない。
タンパク質はアミノ酸がつながったものだが、作られた後に、いろいろな修飾を受けて働きを変える。もっともがん化と密接に関係すると知られているのがリン酸化(リン酸基がセリン・スレオニン・チロシンなどのアミノ酸に結合する)だ。われわれは、糖鎖がついたり、メチル基が結合することによって、重要なタンパク質の働きが変わることを示してきた。このような修飾を受けたペプチドが、がん特異的抗原として治療に応用できる可能性もあるのだろう。
がん研究は奥が深い。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年5月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。