トランプ米政権から中国共産党政権の情報工作に関与しているとして国際市場から追放されてきた中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)はここにきて欧州の中立国スイスのチューリッヒとローザンヌで研究拠点を新設する計画を推進中だ。スイス・インフォが5月27日報じた。
ファーウェイ・スイスのフェリックス・クラマー副社長が先月23日、スイス公共放送に語ったところによると、チューリッヒとローザンヌに研究拠点を作り、約1000人の雇用を生むという。スイスが誇る最先端の技術、IT、ナノテク、材料科学、その他の科学分野の専門的知識に関わる研究拠点というのだ。
スイスは中立国であり、欧州連合(EU)には加盟していないが、政情は安定し、国民経済は発展している。スイスを訪問する中国人旅行者はスイスの観光業を潤している。ファーウェイが世界的に高水準の連邦工科大学のあるスイスに研究拠点の設置を考えたのはさすがだ。ファーウェイは「スイスの強みを生かして」他の欧州諸国にも投資を広げていくという。例えばパリに工業デザイン研究所、ロンドンに国際金融の専門センターを作る案を検討中という。
この記事を読んだとき、「スイスは昔から世界から逃げてきた人々が住み着く“逃れの国”だといわれた。レーニンはスイスに逃れ、革命を計画し、カルヴィンもスイスに逃れ、宗教改革を起こした。スイスは追われた人々の避難場所だった。そして自分の懐に逃げてきた避難者を決して追っ払うことはしなかった」と書いた昔のコラム記事を思い出した。
アルプスの小国のスイスには200万人以上の外国人が住んでいる。同国の外国人率は約25%だ。国民の4人に1人がスイス国籍を有していないことになる。アラブの春以来、中東からスイスに逃げてくる避難民も絶えない。スイスでは1990年、イスラム教徒数は約15万人に過ぎなかったが、その数は過去20年間で数倍に膨らんだ。
ファーウェイはもちろん避難民ではないが、欧米諸国から中国共産党政権の情報工作の手先と受け取られ、ファーウェイを公共分野から追放する動きが世界的に広がっている。米国政府は、カナダや欧州諸国にも同様の処置をとるように働きかけ、カナダ政府が昨年12月、米政府の要請で逮捕したファーウェイ社の創設者・任正非氏の娘、孟晩舟・財務責任者の米国引き渡しを要求したばかりだ、、といった具合だ(「東欧で“ファーウェイ締め出し”拡大」2019年1月15日参考)。
ロイター通信は5月19日、「グーグルはトランプ政権がファーウェイをブラックリストに加え、ファーウェイとアメリカ企業が取り引きすることを禁止したことを受け、今後発売されるファーウェイ向けにソフトの提供や技術支援、共同開発を停止する」と報じた。その結果、ファーウェイ製スマートフォンはグーグルの基本ソフト「アンドロイド」の最新版を使用できなくなるだけではなく、「Gメール」などのアプリも搭載できなくなる。ファーウェイに対する米国製品・技術の輸出には米商務省の許可が必要になった。事実上の輸出禁止措置だ。
スイス・インフォによると、米国はスイスに対してもファーウェイ追放に協力するように圧力をかけてきている。ただし、スイス通信によると、スイスコム、サンライズ、ソルトの3大通信企業はファーウェイとの関係を断ち切る方針はない。サンライズの5Gネットワークはファーウェイの技術を使っている。
ちなみに、スイス経済で中国の影響はますます大きくなっている。80社以上のスイス企業が既に中国に買収されている。バーゼルの農薬・種子大手シンジェンタが16年、中国国有化学大手の中国化工集団(ケムチャイナ)に約440憶フランで買収された時はメディアでも注目された。
欧米から追われたファーウェイはアルプスの小国スイスに避難し、欧米市場再上陸のために研究拠点を設置するわけだ。一方、米国からの様々な圧力を受けるスイスは“追われた避難民”を追っ払わないという同国の伝統をいつまで堅持できるだろうか(「中国との付き合い方に悩むスイス」2018年10月26日参考)。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年6月4日の記事に一部加筆。