ご飯を出すときも「ヤホ!」。漬物を出すときも「ヤホ!」
お替りするときも「ヤホ!」。お会計も立ち上がって(あるいは財布を出して)「ヤホ!」
店内で発せられる言葉は「ヤホ!」だけ。「ヤホ!」以外の言葉を発すると、大将から怒鳴られる。「うるさいよ。集中して食べて!」
メニューは、お茶漬けだけ。それ以外のものは何もない。
金沢の老舗「志な野」だ。
6席のカウンターは、常に満員。行列ができる。前の客が出てくると、速やかに入り、空いた席に座らなければならない。さもなければ怒鳴り声が飛んでくる。「早く座って!」
カップルで来たお客さんも、空いた席によっては、バラバラに座らなければならない。「並んで、座ることはできないんですか?」「空いた席に早く座って!」と、怒鳴られる。
客を客とも思わない態度だが、強烈な体験で口コミが広がり、客足が絶えない。大人の社会科見学In金沢の2次会でも、迷わずみんなで利用した。
お店の中には、お茶漬けの他に、「一口カツ」「アジフライ」「揚げ出し豆腐」などのメニューが書いてある。お茶漬け以外はないと金沢の友人から聞いていたが、意を決して、できるかぎり自然体で注文してみた。
「揚げ出し豆腐ひとつ。」
「できないよ。書いてあるだけだよ!」
吹き出しそうになるのを、ダウンタウンの笑ってはいけないのように、噛み殺した。
1食760円。鮭、梅干し、漬物などの具は1回限りだが、ご飯は何杯でもお替りできる。味はそこそこ美味しく、若者の〆に最適だ。
しかし、冷静に考えると、これは恐ろしく儲かる商売ではないか。
夜22時30分から深夜2時までで、1人平均10分もお店に座らないから、回転が早く、少なく見積もっても、1日100人は来る。
一方、お茶漬けしかメニューがないので、食材のロスはほとんどない。原価は多く見積もっても100円に満たないだろう。
老舗で、家賃はかからないはずだ。少なく見積もっても、1日(760円−100円)×100円で66,000円の利益がある。
月25日営業すれば、165万円の利益。12か月で1,980万円。
お茶漬けは、ラーメンと違って仕込みの時間もほとんどかからないだろうから、実働4時間で年収2,000万円。
お店では小汚いタンクトップ1枚で世界観をつくっているが、実は、昼間はびしっと高級車を乗り回しているのかもしれない。いやいや、こうした世界観を作れる人で、時間も十分あるのだから、株や不動産を運用していてもおかしくないし、自社ビルの2つや3つあっても不思議ではない。
不満とは期待値を下回ることだが、もともと味や接客、内装等の期待値が低いのだから不満が出ることはない。圧倒的な世界観で、期待値を下げる。疲れなく、儲かる商売のひとつの形かもしれない。
<井上貴至 プロフィール>
編集部より:この記事は、井上貴至氏のブログ 2019年6月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は井上氏のブログ『井上貴至の地域づくりは楽しい』をご覧ください。