純粋理論より経済政治学が必要
選挙対策、世論対策を政治が最優先するため、経済理論の都合のいい部分だけがつまみ食いされる傾向が強まっています。あるいは、政治に都合の悪い経済理論に、政治は乗ってこない。経済に対する政治の関与に問題意識を持つ「経済政治学」を踏まえて、経済理論を構築することこそ必要です。
最近では、金融政策が限界にきたため、財政赤字に柔軟な態度をとろうとする「現代金融理論」(MMT理論)、シムズ理論(物価水準の財政理論、FTPL理論)が登場しています。米国発の理論で、財政赤字問題に直面している日本の政治の側が関心を持っています。
似たような言葉に「政治経済学」があります。「政治経済学」(ポリティカル・エコノミックス)も「経済政治学」(エコノミカル・ポリティックス)も、学者によって定義は多様です。ここでは、政治の側から経済体制・政策をどう動かそうとしているのかを考えるのが「政治経済学」、経済の側からみて政治がどのように関与しているのかを考えるのが「経済政治学」としておきます。
経済政策、経済体制のあり方を政治が主導する傾向が世界的にますます強まっています。「経済が政治の僕(しもべ)」「経済が政治の召使」になっているのです。それにもかかわらず、もっぱら経済の枠内で考えてしまう「純粋な経済理論」には欠陥が多いと思います。
都合のよい部分をつまみ食い
政治に都合のよい部分をつまみ食いされ、政治に都合の悪い部分が忌避される。「経済理論が理論的に正ししいかどうか」より重要なのは、「提起された経済理論が政治の側からの関与をどの程度、考慮しているのか」を考えることだと、思います。
安倍政権が関心を持っている「現代金融理論」は、「自国通貨を発行し、自国通貨建てで国債を発行できる国は、インフレ率が上昇しない間は、財政赤字を気にすることなく、歳出を拡大できる」と要約できる。あるエコノミストの見方です。
問題になるのは「インフレ率が上昇しはじめたら、財政を引き締めに転じることができるか」でしょう。歳出を拡大すれば、世論に歓迎され、選挙にも好都合です。一転して歳出を削減できると考えるのは理論上のことです。政治的な現実問題として、困難が伴います。歳出の抑制も、増税による歳入増も、有権者の抵抗にあい、政治は逃げ腰になります。
さらに、日本で歳出が膨張しているのは、高齢化で社会保障費が膨張していること最大の要因です。社会保障費(一般会計では34兆円)は最大の歳出項目で、好不況に関係なく増え続けています。社会保障制度の改革、消費増税による財源確保をしないと、圧縮できません。
転換点を迎えても動けない
財政再建計画も消費増税も先送りが繰り返されてきました。MMT理論もシムズ理論も、政策が転換点を迎えた時に、政治がきちんと対応できるかをどこまで考えているのでしょうか。つまり「入口」ばかり論じており、時期がきたら「出口」(方向転換)に向かえるのかが理論に取り込まれていません。
「出口」の問題は、異次元金融緩和についてもいえます。異次元緩和による過剰なマネーが世界市場を多い、「出口」に向かおうとすれば、株価が下落し、選挙で不利になる。貨幣数量説によるマネタリズムは理論的な欠陥のほかに、いつになっても異次元緩和から抜け出せないことが問題です。
株価の下落を招く金融政策の転換を政治が嫌う。経済体質もカネ余りに馴染んでしまっており、政策転換はこの面からも難しい。だから金融政策の正常化がいつまでたっても進まない。異次元緩和に踏み込む前に、日銀の黒田総裁は「経済政治学」の視点から熟慮したとは思えません。
ブキャナンの財政学に学べ
財政理論に戻りますと、米国の経済財政学者のブキャナン氏が「民主主義過程の財政学」(1967年)、「赤字財政の政治経済学」(1967年)という著書を書いています。財政主導型の景気対策を提唱したケインズ氏の理論が結局、膨大な財政赤字を作る原因となったことに対する批判です。
要約すれば「現代の民主主義過程では、政府、政治はつねに公共事業などのなど人気取りのばらまき政策に走る。有権者も税負担のことを意識していない」となります。歳出増で税収が増えても、国債償還に回すのではなく、また使ってしまう。不況になればなったで、国債を増発する。財政赤字のアリ地獄です。日本の場合は公共事業より、膨張を続ける社会保障費が作る財政赤字が問題です。
50年前の「政治経済学」「経済政治学」は現在も生きているどころか、その当時より、財政赤字は多く国で深刻になっています。政治、行政は目先のことばかり考える。そのほうが政権に対する支持率があがる。なぜ狭い視野でしか財政金融政策を考えないのか不思議なりません。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2019年6月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。