欧州議会選挙(定数751)が先月23日から26日の間、28カ国の加盟国で実施された。その結果、予想されたことだが「欧州人民党」(EPP)と「社会民主進歩同盟」(S&D)の2大会派がこれまで握ってきた議会の過半数を失う一方、欧州連合(EU)懐疑派やポピュリズム派政党が議席を増やしたことから、欧州議会の運営が一段と難しくなった。
ブリュッセルからの情報では、マリーヌ・ルペン党首が率いるフランスの「国民連合」、マッテオ・サルビニ氏のイタリアの「同盟」、ドイツの「ドイツのための選択肢」(AfD)、それにオーストリアの自由党ら9カ国の極右政党、ポピュリズム派政党が結集し、これまでの会派「国家と自由の欧州」(ENL)に代わって、新たに独自会派「アイデンティティ―と民主主義」を結成する。最終的には76議席を占める会派となり、欧州議会で4番目の会派となる。
ところで、オーストリアの場合、欧州議会選挙直前、クルツ連立政権は、連立パートナーの極右「自由党」のシュトラーヒェ党首が“イビザ島事件”で引責辞任したことを受け、最終的には崩壊し、9月29日に前倒し選挙が実施されることになったばかりだ。それまで憲法裁判所長官だったビーアライン氏が率いる専門家から成る暫定政権が発足したばかり。
ここでは自由党がイビザ島事件後、立ち直ることができるかを考えてみた。自由党はシュトラーヒェ党首の引責辞任を受け、前大統領選候補者だったノルベルト・ホーファー氏(48)が9月の党大会まで暫定党首を務めるが、ホーファー氏は今、3つの課題に取り組んでいる。
①イビザ島不祥事で国民の信頼を失った自由党が総選挙で国民党、社会民主党と共に3大政党の地位を維持できるかだ。そのために9月の総選挙を控え、党指導部を早急に建て直し、選挙戦体制を築く必要がある。
②シュトラーヒェ前党首の処遇問題だ。14年間党首として自由党を導いてきたシュトラーヒェ氏は欧州議会選の選好投票でほぼ4万5000票を獲得したことを受け、欧州議会議員となる資格を得た。シュトラーヒェ氏が欧州議会に転出するか、議会議員の資格を他の党員に譲るかで党内で議論が湧いている。
③イビザ島スキャンダルの全容解明だ。
ホーファー党首が今頭を痛めているのは、②だ。ホーファー党首は13日、シュトラーヒェ氏と会談し、同氏の意向を打診したばかりだ。シュトラーヒェ氏は遅くとも17日までにブリュッセルに行くか、ウィ―ンに留まるかを最終的に決定するという。ちなみに、欧州議会は7月2日、議会選後の初の新しい議会(2019~24年)を招集する。
シュトラーヒェ氏が欧州議員の道を選んだ場合、同氏の党籍をはく奪すべきだという声が党内にもある一方、ウィーン市議会の自由党指導者に戻り、次期ウィーン市議会選の準備をするという選択だ。
シュトラーヒェ氏の処遇問題が重要なのは、自由党が過去、党幹部の路線対立から分裂したことがあるからだ。シュトラーヒェ氏を支持する自由党メンバーは少なくない。党の結束を願うホーファー氏はシュトラーヒェ氏の決定を尊重する意向だ(「オーストリア、極右・自由党が分裂の危機」2019年6月6日参考)。
イビザ島スキャンダル直後に実施された欧州議会選で自由党は得票率(17・3%)で前回(2014年)の19・7%より2・4%を失ったが、微減で済んだ。国民の多くはシュトラーヒェ氏の言動を批判的に受け取っている一方、同氏をおとりを使って不祥事を誘発させた背後の人物、組織、政党の暗躍に対しても不信感が強い。
シュトラーヒェ氏はイビザ島問題の全容解明に力を注ぐ決意という。同事件にどのよう人物、組織が関わってきたかが判明すれば、9月29日投票直前に爆弾が破裂するという状況も十分考えられる。キックル前内相(自由党)はイビザ島事件の背後にクルツ前首相の国民党関係者が関わっていたと主張している。
9月の党大会で正式に党首に就任するホーファー氏は、シュトラーヒェ氏とは異なり、紳士的な振る舞いと落ち着いた言動で国民にも受けがいいだけに、シュトラーヒェ時代のナンバー2のイメージから脱皮し、中道右派政党として定着する道を模索するはずだ。
夏季休暇は通常、政治家たちも家族と一緒にバケーションに行く時期だが、今年は暑い夏の上にさらにホットな選挙戦が広げられることになる。その中で自由党はイビザ島事件後、どのような選挙戦を展開させるか注目される。
蛇足だが、シュトラーヒェ氏が欧州議員となった場合、ブリュッセルで欧州の極右政治家たちが結集することになり、欧州議会は秋以降、熱い会期となることが予想される。シュトラーヒェ氏は自由党を政権政党にした実績があるだけに、その発言力は影響がある。同氏は今月12日、50歳の誕生日を迎えたばかりだ。
「反移民政策」「オーストリア・ファースト」を標榜してきた自由党はこれまで選挙の度に得票率を伸ばしたが、欧州では移民問題も峠を越えたといわれる。実際、北欧では反移民政策を掲げていた右派政党が欧州議会選では伸び悩んでいる一方、社会民主党系政党が再び有権者の支持を獲得する傾向がみられだした。それだけに、自由党を含む欧州の極右政党は大きな転換期を迎えているわけだ。
【注】イビザ島事件とは
クルツ政権崩壊の契機となったイビザ島事件とは、自由党党首のシュトラーヒェ副首相が2017年7月、イビザ島で自称「ロシア新興財閥(オリガルヒ)の姪」という女性と会合し、そこで党献金と引き換えに公共事業の受注を与えると約束する一方、オーストリア最大日刊紙クローネンの買収を持ち掛け、国内世論の操作を唆すなど「ウォッカの影響」もあって暴言を連発。その現場を撮影したビデオを独週刊誌シュピーゲルと南ドイツ新聞が5月17日報じたことから、オーストリア政界に激震が走り、国民党と自由党から成るクルツ連立政権は倒れた(「オーストリア連立政権崩壊:政治の世界は一寸先は闇だ」2019年5月23日参考)。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年6月15日の記事に一部加筆。