フルサイズミラーレス一眼市場を開拓したソニーは、2019年6月12日、交換レンズ2本を7月下旬に発売することを発表した。600mmF4超望遠レンズ「FE 600mm F4 GM OSS」と、200-600mm超望遠ズームレンズ「FE 200-600mm F5.6-6.3 G OSS」である。
ソニーがフルサイズミラーレス一眼の初号機「α7」および「α7R」の発売を発表したのは、2013年10月であった。発表の翌月から販売を開始し、デジタル一眼カメラ市場で瞬く間に存在感を高めていった。フィルム時代から、一眼カメラ市場のツートップであるニコンとキヤノンが、高収益なフルサイズ市場をソニーに侵食されるのに耐えきれず、自らの得意デバイスであるミラーやペンタプリズムを使わないフルサイズミラーレス一眼市場に殴り込みをかけたのは、昨年秋のことであった。
ソニーは、2013年11月からフルサイズミラーレス一眼を販売しているので、発売後、2014年のソチ五輪、2016年のリオ五輪、2018年の平昌五輪が開催された。しかし、五輪会場で、ソニーのフルサイズミラーレス一眼を使っていたスポーツカメラマンは、ほとんどいなかったように見える。その理由は単純で、五輪会場におけるスポーツ撮影の必需品である、大砲のような超望遠レンズがレンズのラインナップになかったからである。
ソニーのフルサイズミラーレス一眼用レンズとして、テレ側がギリギリ超望遠領域までカバーするズームレンズ「FE 100-400mm F4.5-5.6 GM OSS」が2017年7月に発売されてはいる。このレンズ自体は、率直に言うと、非常に良いものだ。鉄道や風景などの被写体を撮影するのなら、買って損はないと思う。しかし、五輪会場という、壮絶極まる「戦場」で戦うには、明らかに力不足である。
ソニーは、フルサイズミラーレス一眼のパイオニアでありながら、「大砲レンズ」をラインナップに揃えておけなかった。そのため、過去3回の五輪会場でスポーツカメラマンの多くが、自社製品を無視している状況を、指をくわえて見ていたはずだ。同時に、ニコンとキヤノンのツートップが築き上げた参入障壁の高さを認識しながらも、必ずや牙城を崩すと決意していたのだろう。
2018年6月、ソニーは、同社フルサイズミラーレス一眼用として初の「大砲レンズ」となる、「FE 400mm F2.8 GM OSS」を発表し、翌7月から予約販売の受付を開始した。焦点距離400mm、絞り開放F2.8の超望遠レンズは、「ヨンニッパ」と呼ばれる。通常、「標準レンズ」とは50mmF1.4レンズを意味するが、スポーツカメラマンの「標準レンズ」は「ヨンニッパ」なのである。
発売当時、2895gという、世界最軽量の「ヨンニッパ」であった。軽量かつ堅牢性の高いマグネシウム合金部品を多用したことで、3kgを下回る、驚異の軽さを実現した(2018年12月に、キヤノンが2840gの「ヨンニッパ」を発売したので、世界最軽量の記録は破られている)。
2019年6月12日に発表されたレンズのうち、焦点距離600mm、絞り開放F4の超望遠レンズ(通称「ロクヨン」)「FE 600mm F4 GM OSS」は、「FE 400mm F2.8 GM OSS」の兄貴分にあたる、ハイエンドの超望遠レンズだ。ソニーは、2018年、「ヨンニッパ」における世界最軽量の地位を数ヶ月でキヤノンに引きずり下ろされたのを、相当根に持っていたようで、キヤノンの最新「ロクヨン」が3050gなのに対して、10g軽い3040gで製品化にこぎつけ、「ロクヨン」では世界最軽量と主張する。
「ヨンニッパ」同様に、ソニーのレンズとしては最高級クラスの描写力を誇る「Gマスター」レンズである。
「ロクヨン」と同時発表された「FE 200-600mm F5.6-6.3 G OSS」は、2013年にキヤノンが「EF200-400mm F4L IS USM エクステンダー1.4x」で先陣を切った、超望遠ズームレンズ市場へのソニーの回答であるようだ。キヤノンがこの市場へ参入後、ニコンは「AF-S NIKKOR 180-400mm f/4E TC1.4 FL ED VR」で追随した。キヤノンとニコンは、いずれも開放絞りがF4で、1.4倍のテレコンバーターを内臓している。2013年春まで、ハイエンドの超望遠レンズには、単焦点レンズしかなく、ズームレンズは存在しなかった。
キヤノンもニコンも、2倍程度の低倍率ズームレンズを採用することで、単焦点レンズと比べた画質の悪化を抑え、テレ側が不足する際には、内臓のテレコンバーターを利用することで、焦点距離を560mmまで伸ばすことが可能だ。
一方、今回ソニーが発売する超望遠ズームレンズは、倍率が3倍のズームレンズを採用し、テレコンバーターという「飛び道具」を使用することなく、テレ側の焦点距離が600mmとなっている。また、開放絞りがF5.6-6.3であり、ツートップの超望遠ズームレンズより、ワイド側で1段落ちている(絞り開放時の光量が1/2)。
超高感度が弱かったフィルム時代であれば、開放絞りが1段も違えば、全然違うクラスのレンズとして扱われてきた。しかし、デジタルカメラのイメージセンサーの性能は飛躍的に向上し続けている。明るいレンズを持つ意味が、以前に比べて確実に薄れている。そのため、軽く(2115g)、安く(希望小売価格は27万8000円)、小さく、ズーム倍率が大きいこの超望遠ズームレンズの登場は、予想されていたとはいえ、画期的である。
私自身は、キヤノンEOS-1DXに、EF500mm F4L IS II USMを付けて、鉄道を撮影する。私の「大砲レンズ」は、昔の製品に比べると軽量化されていて良いのだが、カメラ本体は重い(1530g)ので、バッテリーや記録媒体を入れた使用時の重量は約4.7kgに達する。そのため、気軽に毎日持ち歩くわけにはいかないし、使用時には体力を消耗するため、日々の筋トレは欠かせない。
撮影者の意図しないエラーがゼロに近い水準まで徹底的に仕上げてくるツートップに対し、ソニーのミラーレス一眼では、まだ、信頼性では彼らにはかなわない。しかし、ソニーもフラッグシップ機「α9」のソフトウェアアップデートを真面目に行っており、弛みなく進化している様子が伺える。
ソニーは、「大砲レンズ」2本を相次いで発売することで、ツートップが寡占してきた五輪市場に、本気で殴り込んできた。ニコン、キヤノン、パナソニックは、次にどんな手を打ってくるのか、今後も注意深く見守ってゆきたい。
長井 利尚(ながい としひさ)写真家
1976年群馬県高崎市生まれ。法政大学卒業後、民間企業で取締役を務める。1987年から本格的に鉄道写真撮影を開始。以後、「鉄道ダイヤ情報」「Rail Magazine」などの鉄道誌に作品が掲載される。TN Photo Office