昨日の昭和大学での市民講演会が無事に終わった。元北海道がんセンターの西尾正道先生の講演は、相も変わらず、日本の現状をビシバシと叩く痛快な話だった。放射線診断と放射線治療が一つの診療科で行われている大学が多い現状を紹介されたが、確かにこれは危機的だ。放射線診断に使われているMRIやCTの密度は過度に高く、診断医の数は絶対的に足らない。技術は進むが、研究・教育・診療の3つを担うだけでも大変だ。放射線治療の専門医の教育が必要だ。
その放射線治療も、X線、アルファ線、重粒子、陽子など様々な種類の放射線が使われるようになって複雑化しているし、できる限り正常組織を傷つけない照射法も開発されている。技術は進んでも、担い手がいなければ、ガソリンのないガソリン車のようで身動きが取れない。早期の子宮がんなど放射線治療が主流の欧米に比して、日本では依然として外科的切除が多いと嘆きの発言があった。
でも、放射線治療医がいないのだ。そして、3番目の演者の前立腺がんロボット手術の名手、ときわ会常磐病院の新村浩明院長にも、「前立腺がんも放射線治療と外科的切除では治療成績が変わらず、外科的切除では尿失禁や勃起障害も多い」と矢が飛んだ時には、どうしようかと私が動揺してしまった。私がこの二人の演者にお願いしたのに、内紛勃発では、私の立場がなくなってしまう。ハラハラドキドキ、私の心臓に悪い。
それに対して、新村先生が、「いわき市には放射線治療で質の高い医療機関がない。受けようと思っても、郡山か福島に通わなければできない」とのコメントになるほどと首を振るしかなかった。西尾先生も、放射線治療の専門医が圧倒的に不足していると言っていたはずだ。放射線治療は4-8週間の通院が必要なので、毎日いわきから郡山に通うのも簡単ではない。西尾先生も納得しておられた。
世に多くいる物知り顔の評論家は、大半が都会の医療事情をもとに論評する。福島県で産婦人科医が手術時の判断ミスで逮捕されたことがあったが、まるで我こそ正義の味方ような論評をしていた。妊婦の方が亡くなられた事実は重いが、都会と田舎ではできることに違いがある。私は香川県の小豆島の病院に勤務した経験があるが、孤立した状況で瞬間的に判断せざるを得ない状況には厳しいものがあるのだ。
そして、西尾先生が「骨転移の痛みを取るために利用されていた、放射線を出すストロンチウムが日本では販売されなくなった」と発言された時には驚いた。麻薬系の鎮痛剤が安易に使われるようになったことがその理由だそうだ。麻薬は痛みを抑えるが、このストロンチウムは骨転移したがん細胞を叩いてくれるので、抗がん作用としてはこちらの方が高いはずなのに…。
さらに、「最近の医者は、プロトコールに従って治療しているだけで、患者さんの所見を見ない」という場面では、頷くしかない。「そうだ、そうだ」と心の中で拍手を送った。腹水が溜まっていても、腹部を触ろうともしない医者が昔の魚市場の近くにいるのだ。
さらに、さらに、締めくくりの一言には、溜飲が下がり、スタンディングオベーションをしたいような気持になった。
「皆さん、誠意と熱意のある医師を探してください!」
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年6月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。