食のオリンピックに行こう:4大シェフが来日

上山 信一

オリンピックのチケット当選結果が出た。抽選に落ちた人はがっくりきていることだろう。しかし、ものは考えようだ。複数枚当たれば十万を超える大枚を払う羽目に陥ったわけでそれを免れた。ならば、その予算で“リベンジメシ”を食べるという趣向はいかがか?

著者撮影@シシリア等の市場の野菜サラダ

実は「食のオリンピック」がもう始まっていて、そちらのほうはまだ一部にチケットがある。今年4月から来年1月まで10カ月の予定で行われる「クック・ジャパン・プロジェクト」(東京・日本橋)というイベントがそれだ。毎月だいたい3人、10か月で世界13カ国から約30人のシェフが来日して料理を提供する。

彼らがもつミシュランの星の総計は現在のところ41個にものぼる。「クック・ジャパン・プロジェクト」では各国の一流シェフたちが日本の豊かな食材も見極めながら、腕を振るう。会場は最近、再開発で移転した一流レストラン「サンパウ」が最近まで使っていた店舗である。お値段のほうは2万を超えるから安くはない。だが同じく高いオリンピックのチケットに比べると実は安い。なぜならスポーツは見るだけだがこれは食べられる。食べるだけで国際親善も支えられるからからコスパはめちゃくちゃに良い。国際化は胃袋からとよく言うではないか(言わないか・・。)

とにかく食の五輪は、極めて珍しい企画である。味にうるさい方、世界最先端のシェフとはどういうものか、知りたい方はぜひとも参加されたらよい。それからもうひとつ。全国各地で食を軸とした地域おこしが進行中だ。だが、食の本質はおいしさ。それを探求するシェフの心構えと戦略性が大事である。地域おこしにかかわる方々にはぜひ、以下の南米の4人のシェフの料理を味わい、食を生かした地域再生の戦略を考えていただきたい。

世界の美食のけん引役は今やラテンアメリカ

昔は美食で最先端の場所といえばひたすらフランスだった。そこに10年前くらいからスペイン(窒素などをつかった科学的調理法)が加わり、昨今は北欧が注目を集めた。それがさらに変わり、今はペルー、ブラジル、チリ、メキシコなどのシェフが注目される。実際に世界のベストレストラン50のランキングでは南米出身のシェフが上位に食い込んでいる。

例えば、2018年の世界ランキングではアルゼンチンのマウロ・コラグレコシェフが3位、ペルーのヴィルヒリオ・マルティネスシェフが6位、メキシコのホルヘ・バイェホシェフが11位に入った。ちなみにこの3名はラテンアメリカの小さなコミュニティの中で生き残った食文化、調理技術、習慣を再発見し保存する活動も共同で実施している。

若いシェフが欧州で修行して帰国

背景にはもちろんグローバリゼーションと各国の経済発展がある。日本人シェフも高度成長期にフランスやイタリアに修行に出かけ始めたがこれらの国も同じだ。ラテンアメリカの若手シェフたちは最近、ヨーロッパの一流店で修業をするようになった。そうしたシェフたちが自国に戻ってレストランを開いた。そして欧州で学んだ調理法をベースにしつつ自国の伝統的な食材と食文化を研究、活用し、今までの発想にとらわれない新たな自国料理を生み出した。

南米国国には世界に誇るほどの高級料理(レシピ)がなかった。もちろんペルーのセビチェやブラジルのシュラスコなど名物料理はある。しかし、これらはスペイン、ポルトガルの大昔のレシピ―とインディオの伝統調理法が混ざったようなものがほとんどで洗練されていなかった。彼らはそこにチャレンジした。しかも料理を単に生活の糧やビジネスととらえていない。料理をテコに伝統文化の発掘や保全、さらには地域の発展まで視野に入れて国境を越えて連帯する。料理にとどまらない社会を動かく戦略性を秘めている。

なぜ、今、ラテンアメリカなのか?

ラテンアメリカは広大で起伏も激しい。そんな環境のもとには多種多様な食材がある。だがこれまで海外であまり知られていなかった。調理法も多種多様である。もともとのスペイン、ポルトガルの影響の後に日本などアジア移民の料理法が入った。さらに近年はアマゾンやチリの先住民族が育てて使用してきた食材や調理法が研究、再評価されて、様々なものが交じり合っている。

こうした豊かで多様な食と料理法の広がりの中、世界の美食家たちと富裕層がラテンアメリカに注目する。彼らは世界を見渡し、行きたいレストランを予約してからフライトを取る。彼らにとって南米諸国はおいしいレストランの所在地であり、世界クラスのシェフの存在はわざわざ遠くから訪問する最大の理由になりつつある。さて、以下ではもう少し、具体的に今回、来日する4人を紹介したい。

ペルーの名人は、エコシステムや“高度(標高)”を料理のコンセプトに採用

ヴィルヒリオ・マルティネス(Virgilio Martinez)シェフはペルーのリマから来る。彼はエコシステムや高度を料理のコンセプトに取り入れた独自の世界観を料理に表現する。食材の探求にも熱心でアンデスの穀類、根菜、トウモロコシ、じゃがいも、海の魚、アマゾンの川魚を皮切りにジャングルや高山、特別な種類の食材などをペルー全土に探しに行く。

2009年にペルー、リマに「Central(セントラル)」をオープンし、2015年に世界ベストレストランランキングで第4位を獲得し世界を驚かせた。また、人類学者や植物学者、生物学者、哲学者などで構成されるMATER INCIATIVAというペルー食文化の研究機関を設立している(来日は6月28日から30日、予約受付中)。

チリ代表は緻密な計算と研究で有名

ロドルフォ・グスマン(Rodolfo Guzman)シェフはチリのサンティアゴから来る。世界ランキングで27位、ラテンアメリカで4位を獲得している。彼はスペインの名店ムガリッツで修行後、母国で新たなチリアンキュイジーンを展開し、チリのベストレストランにも選ばれた。

自分のレストランではチリの土地と海から採れる固有の食材を独自のネットワークから仕入れ、オリジナルのメニューを提供する。常に食材の新たな可能性を探求し、2016年には野菜をチーズのように加工し、旨味を凝縮させ内部でとろけさせる調理法の開発にも成功。下準備にかなりの時間を要して作られる彼の料理は、緻密な研究と計算のもとに成り立っており、前衛的でアートにようにも見える美しさがある。

彼はチリの先住民族マプチェに伝来する天然食材や古い調理法も研究する。また生物学者、人類学者、考古学者、栄養士、医師などの専門家で構成される研究チームとともに、CONECTAZというプロジェクトを立ち上げ、チリの食文化の文書化に取り組んでいる(来日は2019年7月14日(日)- 7月19日(金)、予約受付中)。

家庭料理を刷新したメキシコの名人

このほかにもメキシコから来るホルヘ バイェホ(Jorge Vallejo)シェフは世界11位、ラテンアメリカでも9位を獲得し、メキシコの最も影響力のあるリーダー300人にもリストされている。彼はメキシコの先住民の食材、昔ながらの調理法などを研究し、そこに自身の創造性を加え、洗練されながらもメキシコの家庭料理を彷彿とさせる懐かしさを併せ持った料理を提供する。また国内の小さな生産者や農業コミュニティとのパートナーシップを重視し、持続可能性も目指している(2019年9月3-8日に来日予定)。

アマゾンの食材を探求するブラジル人シェフ

アレックス・アタラ(Alex Atala )シェフ はブラジルのサンバウロからやってくる。世界ランキング30位、ラテンアメリカで5位である。元DJだがイタリアやフランスで修業後に本国に戻り、1999年にサンパウロで開業。ブラジルの奥地やアマゾンの熱帯雨林などあらゆる地を踏査し、先住民の生活に入り込みながらブラジル人でさえ知らない食材や伝統料理を発掘してきた。そうして集めた膨大な食材をもとにモダン南米料理に仕立て上げた。

また彼は食材の探求の中で、自然を守り、そこに生活する人を守り、食の連鎖を守るために2013年に「アター研究所」を設立。料理や食材の販売を通じて、自然と共に暮らす人々の生活を守っていくサイクル作りに取り組んでいる(来日は9月11-16日)。

日本各地のシェフ

これら4人のシェフに学ぶ点は多い。素晴らしいのは料理を通じて、自国の食材や調理法、文化を発掘し、それを世界のひのき舞台で紹介してきたことである。欧州で修行したのち自国に帰り、市場に出回る食材や地元の富裕層が親しむ欧州料理を超えようと決意した。そして奥地に入り、農民と語り、異分野の学者たちとも連携しながら、新しい郷土料理を作り上げた。そして今やそれを目指して世界の富裕層がやってくるまでになった。一番素晴らしいのは、決してフランスやイタリアのまねに甘んじなかったという点である。

特にこの点は日本の地方出身シェフに学んでいただきたい。地方都市に行くとしばしば、懐石やら京料理といった表記に接するが残念でならない。料理法は先進地に学べばいいが、地元の食材にはそれにふさわしい伝統的な調理法がある。これらを組み合わせて新しい郷土料理を打ち出してほしい。

地方出身のシェフ志望者たちはとりあえずは東京や大阪、京都に来ればいい。海外での修行もいい。だが修行を経れば勇気をもって郷里に帰り、地元の食材、伝統調理法を再評価し、新しい料理を開拓してほしい。料理のすそ野は広い。文化や歴史のほか美術や音楽、文学などの文化、さらに健康や美容などものすごい広がりがある。料理をテコに、料理を触媒に地域の魅力を発掘し、発信してほしい。

ラテンアメリカは欧米からも日本からも遠い。しかし世界中の富裕層や食通たちが料理を目当てにやってくる。同じことが日本でもできるはずだ。今年はたまたま南米の4巨頭が日本にやってくる。またとないチャンスではないか。彼らの料理を体感し、彼らがどうやって定番のフランス料理やイタリア料理の模倣を脱して新南米料理を開拓してきたのか。それをぜひ体感していただきたいものである。

(なお、本稿は石塚晶子氏に助言と監修をいただいた)


編集部より:このブログは慶應義塾大学総合政策学部教授、上山信一氏(大阪府市特別顧問、愛知県政策顧問)のブログ、2019年6月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、上山氏のブログ「見えないものを見よう」をご覧ください。