官製談合防止法のリアル:“金星”目当ての捜査の危険性

「日本は談合天国だ」などといわれて久しいが、最近は業者間でなされる通常の入札談合よりも、発注者が関与する「官製談合」の報道の方が目立っているような感がある。

贈収賄事件に発展した大阪市発注の電気工事をめぐる官製入札不正事件は、報道によれば、市の建設局の契約担当者が最低制限価格に関する非公開の情報を業者に漏洩し、当該業者がそれを自ら用い、最低制限価格付近で落札し、あるいは一部の契約ではその情報をある業者にさらに伝達し落札させ、自らは下請けに入ったという。

大阪市役所(acworks/写真AC)=編集部

大阪市では、過去に競争入札におけるこの下限価格、すなわちその額を下回った応札を失格にする最低制限価格の漏洩が問題になり、再発防止策を講じていた中での再発である。入札で情報漏洩の疑いが指摘されていたにも拘らず、違反を確認しなかった市の対応が批判され、吉村洋文市長(当時)は、新たな監視機関を設置するなど対応に追われた。

長岡市発注の下水道工事をめぐる情報漏洩事件でも市の上級幹部が立件された。この幹部は事件の再発防止を検討する市の委員会の委員を務めていたとのことである。政治家との癒着も取り沙汰されたこの事件は、公共工事をめぐる不正への官側の関与の相変わらずの根深さを改めて国民に知らしめるものとなった。

いずれも適用されたのは「入札談合等関与行為の排除及び防止並びに職員による入札等の公正を害すべき行為の処罰に関する法律」という長い名前の法律であり、一般に「官製談合防止法」と呼ばれている。

一つ注意を要するのが、上記のケースのように官製談合防止法の適用の多くは、独占禁止法や刑法の談合罪が対象とする、私たちが一般に「談合」として理解する業者間の競争制限に発注者側職員が関与(協力)したケースではなく、発注者側職員が特定の業者を有利にするために情報漏洩を行うような「非談合型の入札不正」だということである(大阪のケースはそれらのミックスのようにも読める)。

官民間の癒着も広い意味では「談合」なので「官製談合」という言葉を用いることは不自然ではないが、正式名称に絡めていえば「入札談合等関与行為」以外の「職員による入札等の公正を害すべき行為」なのである。

官製談合防止法違反の罪(8条)は刑法でいう(威力、偽計による)公契約関係競売入札妨害罪(96条の6第1項)と談合罪(同2項)の(公共調達の発注者という)身分犯的な加重類型であると一般に理解されている。官製談合防止法に刑事罰が盛り込まれるまでは、官側の入札不正の関与であっても、刑法典のこれらの規定が適用されてきた(例外的に独占禁止法違反の罪が適用されたこともある。旧道路公団の最高幹部が摘発された橋梁談合事件がその例である)。

官製談合防止法と刑法、独占禁止法の間にはやや複雑な関係があり、ここでは割愛する(拙著『公共調達と競争政策の法的構造』上智大学出版(2017年)の該当箇所を参照してもらいたい)が、次の点は押さえておきたい。それは官製談合防止法違反の罪の要件が「入札等の公正を害すべき行為」と、極めて「幅のある」ものになっているということである。

これはその基礎となった刑法における公契約関係競売入札妨害罪が「公の…入札で契約を締結するためのものの公正を害すべき行為」と規定していることに対応する。ここでいう「公正」をどのように捉えるかについては、そもそもこの罪が何を保護されるべき法益と考えているかに拠り、(公正な)公務と理解するか、(公正な)競争と捉えるか(あるいはそれ以外か)、諸説あるが、いずれの理解に拠ったとしても、その内容は曖昧である(論者毎の主観に依存しやすい)ことにはかわりはない。

都道府県警や検察が入札不正に官製談合防止法を適用するとき、大抵の場合、その先にある「贈収賄」をターゲットにする。この曖昧さと射程の広さを有する官製談合防止法はその「入口」として使い勝手のよいツールとなっている。確かに業者側には利益獲得という入札不正をするインセンティブはある。一方、世間的にみれば発注者側職員の入札不正に関わるインセンティブは「業者からの見返り」にある、というのはわかりやすい発想だ。

贈収賄事件に発展しなくても、入札不正事件として発注者側には官製談合防止法を適用し、業者側には刑法の公契約関係競売入札妨害罪を適用できるのであれば、事件は完結させられる。

数年前まで、官製談合防止法が適用された刑事事件のうち収賄が絡まなかったケースのほとんどが略式命令で比較的小額の罰金刑として処理されてきたのは、司法のこの分野における態度をよく表しているといえよう。入札不正それ自体は軽くみられてきた、といわれても否定はできまい(最初から略式で終わるようなケースだと分かっていたならば躍起になって捜査するだろうか)。

状況は変化し、最近では贈収賄が伴わない入札不正事件でも多くの場合、(執行猶予付きではあるが)懲役刑が科されている。入札不正は言い換えれば公金支出に係る不正行為なのであるから、その態様次第で厳罰となるのは当然といえば当然である。

Wikipedia:編集部

しかしながら、警察、検察が尚も入札不正を贈収賄の入口にしか考えず、身柄拘束のきっかけ程度にしか考えていなかったとしたらどうだろうか。贈収賄事件の立件という「金星」の獲得に躍起になって、あれもこれも「入札等の公正を害すべき行為」に詰め込んでしまうという危険はないのだろうか。

例えば、公告前に何らかの情報のやりとりが特定の業者となされていた、とする。既存の契約業者に対して次年度の発注に関連したヒアリングを行うのはよくある話であるが、それが情報の漏洩だといわれることはないのか。地域や経験等入札参加資格が厳しめに設定されることは、公共工事などでは通常だが、それによって特定の業者を排除した、といわれることはないのか。技術仕様をどのレベルで設定するかは調達目的の合理的実現の観点から決められるものであるが、それが特定の業者を有利にした、といわれることはないのか。

重要なのはそういった競争に対する一定の制約が合目的的に適正に行われているかどうかなのであるが、そんなことはお構いなしに、事実の一部を切りとって評価し、「公正を害する」と一方的に決め付けてしまうことはないのか。独占禁止法の優越的地位濫用規制について論じたこと(「存在感を増す独禁法の優越的地位濫用規制:芸能人からGAFAまで」)でもあるが、「競争の公正さ」を規律するということは難しく、「市場の番犬」は「役立たず」にも「狂犬」にもなり得るのである。それは当局が公正取引委員会から警察、検察に交代しても同じだろう。

むしろ「金星」獲得に躍起になっている警察、検察は、公正取引委員会とは比較にならないほどの「モンスター」になってしまうかもしれない。

競争入札が用いられる場合には、当然その競争性の確保が求められるのはいうまでもない。しかし受注希望者間の平等の取り扱いに拘るあまり、調達目的に支障を来してしまったら元も子もない。競争条件に係る一定の制約を競争入札の仕組みの中に盛り込むことは、それが公金支出の目的に資する限りにおいては正当なものであり、(会計法や地方自治法といった)法令も許容するものである。しかし、官製談合防止法はそういった正当な行為を萎縮させる危険を孕んでいる。

重要なのは、「公正を害する」という曖昧な要件に、この法律を運用する側がどう向き合うかである。当局側に正当な行為と不当な行為をきちんと見分けるスキルがあればよいのであるが、そのためには入札契約の法実務、行政実務に長けていなければならない。そういった専門性を有する人材は捜査当局に多くないし、裁判官にも弁護士にも多くない。

「金星」目当ての「見込み違い」の捜査の危険は十分にある。「見込み違い」であっても簡単には「引っ込みが付かない」のが刑事司法というものだ。引っ込みが付かなくなったとき、当局が放つエネルギーには凄まじいものがある。公共調達の分野にとって本当に不幸なことである。ただ、正当な行為を装って不正に手を染めるケースは確実に存在する。重要なのは「見極める」スキルである。公共調達に強い法曹が求められている。

楠 茂樹 上智大学法学部国際関係法学科教授
慶應義塾大学商学部卒業。京都大学博士(法学)。京都大学法学部助手、京都産業大学法学部専任講師等を経て、現在、上智大学法学部教授。独占禁止法の措置体系、政府調達制度、経済法の哲学的基礎などを研究。国土交通大学校講師、東京都入札監視委員会委員長、総務省参与、京都府参与、総務省行政事業レビュー外部有識者なども歴任。主著に『公共調達と競争政策の法的構造』(上智大学出版、2017年)、『昭和思想史としての小泉信三』(ミネルヴァ書房、2017年)がある。