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>>>連載②「MMTとインフレの問題」はこちら
>>>連載③「アベノミクスとMMTの違い」はこちら
MMTを具体的な政策から切り離し経済学理論の観点から考えると、そもそもマクロ経済政策とは?という基本的な問いにあたります。その説明からからはじめましょう。
そもそもマクロ経済学やマクロ経済政策って?
そもそも経済学の初期には「ミクロ経済学」と今では呼ばれる個別の物品や市場における価格の決定などの分析が主流でした。いわゆる「需要と供給」の理論です。それに対して個別の経済活動の集合体の変数(例えば国民所得や失業率など)を国家レベルで考えるのが「マクロ経済学」です。1936年のケインズによる「一般理論」によって初めて体系化されたと言われています。
マクロ経済の問題や課題自体はマクロ経済学よりも先に存在しています。昔から失業問題はありましたし、財政赤字やインフレの問題はあったわけです。しかしマクロ経済学が誕生すると、それらの諸問題に対する対処方法が一変することになりました。
基本的な考えとして、政府にはマクロ経済政策に使える2つの武器があります。財政政策(政府支出を通じて経済を活性化させる)と金融政策(金利を調整して経済を活性化させる)です。そしてそれらの2つの政策の組み合わせで目指すのが「完全雇用」という、失業率が非常に低く、働きたいと望む労働者がちゃんと仕事を得られる状態です。このとき重要なことは完全雇用を物価を安定した状態で達成することです。
これがケインズ以降確立された「マクロ経済学」の大きな柱となる政策的アプローチで、格差の解消であったり潜在的成長率を高めることなどは、少し違った目的として違った角度から扱います。
MMTの特殊性
MMTの主張は「政府が無制限に財政赤字を気にせず支出を続けられる」というようなものでは決してありません。しかし、戦後各国において財政ファイナンスを禁じ、財政規律と価格安定を守るために中央銀行が独立して金融政策を使って物価安定を目指し、政府は財政赤字をなるべく減らすように努力するという、一般的政治経済の「倫理観」からは逸脱しています。
もっともケインズの登場する前は「不況の時こそ緊縮財政で耐える」という「倫理観」があり、現在とは真逆の考えが主流でした。経済学、特にマクロ経済においては直感的な「倫理観」が間違っているということはありえることです。
政府が財政政策で景気を担当して、中央銀行が金利政策で物価の安定を図るという役割分担の効率性という観点からいうと、デフレ環境下でない通常の経済環境のもとでは、少なくともやはり効率的な役割分担に思われます。
金利のコントロールは必要であれば即日実行できますが、財政出動のコントロールは基本的には1年に1回、予算を議会の承認を経て実行するという過程ですので、機動性に欠けます。財政で物価をコントロールするというのは不可能でないかもしれませんが、効率的ではないでしょう。
しかし、特殊な環境下、つまり金利がゼロまで低下していて、それ以上の金融緩和の余地がないという「流動性の罠」に経済がはまっている場合、金融政策は無力化しているわけですから、財政政策で景気回復を図ることが効率的になります。この特殊な環境下における財政政策の(景気浮揚における)優位性というのは基本的にはケインズ経済学の系譜にある主流派経済学も当然賛成する点です。
MMTはインフレとの戦いはどうする?
当然、財政ファイナンスをしたから財政上の制約が完全に無くなり、政府が好き放題に支出を増やすことはできません。それはMMTを唱える学者や政治家なども承知していて、財政支出が増えると物価が上昇するいわゆるインフレの問題がおきます。
MMT支持者が提唱する対策は幾つかあります。
一つ目は基本的には財政姿勢をより緊縮姿勢にする(増税をおこなったり社会保障や公共投資の削減をすること)により、景気を冷やして物価を安定させます。
二つ目は金融当局が金利以外の手段を使って金融の引き締めをすること(貸し出し基準を厳格化したり、総量規制を導入するなどが考えられます)。
最後に財政政策の一部(雇用保障政策など)に物価調整機能を持たせること。また一つのインフレを推進する拡張的政策(公共セクターでの雇用の増大)が別の角度から見ればデフレ効果(失業手当や生活保障の給付の削減効果)があるため、ある程度は相殺されることなどがあげられます。
そもそもデフレ下の経済ではそんな簡単にインフレにならないので、デフレ不況の環境下ではインフレの心配はそれほど大きく無いという考えもあります。
財政赤字のコントロール
どこまでの財政赤字なら許容されるのか?という難しい問いに関して、MMT支持者によれば「インフレが目標上限に達するまで」という答えになるわけです。
伝統的な経済学においても単純な答えはないのですが、絶対に避けなければいけないのは国債の利払いの増価額に税収が追いつかなくなり、雪だるま式に負債が増える状態です。(※1)
負債が雪だるま式に増えることを避けるためには、負債の比率がGDP比で安定しなければいけません。基礎的財政収支(PB)の赤字を無くして、かつ政府負債に対する利払い(名目金利)が名目経済成長率を上回らない必要があります。
このため、小泉政権下で財政再建の道筋が議論された時、PBの赤字解消に向けた道筋とともに、そもそも長期金利が成長率を長期的な関係として上回らないかが議論されたのです。
この時の議論は日本の政治史の中でマクロ経済のモデルについて学術的アプローチに基づいて政権内で議論された珍しいケースでした。当時は日銀が大胆な金融緩和を実行する前でしたから、長期国債を大量に購入にして長期金利をコントロールすることは想定されていませんでした。
現在の日本の状況をみると、日銀がすでに大量の国債を保有していて長期金利をコントロールすることを当面の政策目標にしています。日銀自体は財政ファイナンスを否定しているのですが、結果的に名目金利が名目成長率を下回る状態を作り出しているのは事実です。
MMT支持者の中には日本の現状(対GDP比で高い政府債務残高があっても、中央銀行が国債を大量に買うことにより、金利を低く保つことができ、かつインフレも発生しない)ことをMMT式政策の成功例のように考えている人たちもいるかもしれません。日銀や政府は現状を「財政ファイナンス」とみなしていないので、当然そのような考えには同意しません。
しかし、現実的に現在の状況でなかなか悩ましいのは、財政政策でインフレが発生するような拡張政策を取った時に、インフレ抑制のために日銀は金利を引き上げることが可能か?という課題があります。MMTのように中央銀行が財政ファイナンスをおこない、金利を低位に保つことを目標としてしまうと、物価安定のための金利引き上げはできなくなります。
今後の日本における経済政策の争点
MMTでは完全雇用の達成と物価のコントロールを財政政策を通じて政府がおこない、中央銀行は国債の流通量をコントロールすることにより、政府の支出を支えながら金利水準を望ましい水準にコントロールすることが想定されています。
主流派経済学者も、現在の日本のように「流動性の罠」が発生して金融政策が無効化している場合、有効需要を押し上げて完全雇用を達成するためには財政政策を通じて景気対策を行うことが効率的と考えています。流動性の罠が発生している場合、中央銀行が金利を抑えるためにわざわざ国債を購入しなくとも、金利は低位安定していると考えられ、金利の上昇が発生しないためです。(※2)
通常の経済環境下における財政支出が金利に及ぼす影響に関してはMMT論者は特殊な考えを持っており、主流派経済学者との理論との違いになってはいますが、こと現在の日本の状況においては主流派、MMT支持者ともに金融政策よりも財政政策が景気対策として有効であるという結論には変わりはありません。
そうなるとMMTの議論なども含めて日本における現状の政策からの転換として議論されるべき課題は、
- 物価上昇の目標達成のために「財政政策」をもちいるべきか?
- その際日銀は金利を低位に保ち、国債保有量を増加させるべきか?
- 一旦物価上昇率が目標に到達した場合、緊縮政策は財政か金融のどちらでおこなうべきか?
となるのではないでしょうか?
そして分析の根本的な認識として
- 現在日本は完全雇用の状態にあるのか?
- 日本の潜在成長率の水準はどれくらいか?
- いわゆる自然利子率の水準は推定可能か?
- 為替相場の変動に対する自由度は国際協調の観点からどこまで許容されるか?
なども重要になってくるでしょう。
政治的にはインフレ率を2%を超えて、3〜5%程度で推移するオーバーシュートを許容するのであれば、物価変動による再分配が社会的に大きな影響を及ぼすため、インフレによる負の面に対する国民の理解を得ることが重要です。またインフレを通じた再分配を是正する措置も考えなければいけません。
インフレと低金利が両方続くと預金の実質的価値が減ります。一方高額の預金の保有者の多くが高齢者です。預金から他の資産へ移すことである程度インフレに対するヘッジ効果は期待できますが、高齢者が金融リテラシーを高めてリスク資産への投資をするというのも現実的には難しいかもしれません。
過去30年以上にわたり低インフレを享受してきた日本を突然物価上昇や物価変動のリスクにさらすのですから、周到な準備が必要です。
政党はマクロ経済政策全般の立案体制を強化すべき
MMTの議論の議論には問題点もありますが、金融財政政策の俯瞰的な枠組みを用いてマクロ経済の政策立案するという点においては評価できます。
日本における「政党」の経済政策はほとんどが「成長戦略」として規制緩和などで長期的な潜在成長率を上げること、「地域経済」として一部の地域振興を目指すもの、「再分配」に焦点を当て経済成長自体の議論から離れるもの、などマクロ経済の一部だけを取り出して政策提言をするのが主流です。
金融財政政策に関しては金融政策は日銀が、財政政策は財務省を中心とする政府がという役割分担が見られ、税制や個別の政策に関しては与党の税制調査会のように「強い」部会などもありますが、各政党がマクロ政策を俯瞰的に立案する機能が弱い(もしくは政党に対してマクロ経済全般に対しての政策提言をおこなうシンクタンクが無い)と感じられます。
「消費税」「年金」など個別の政策に有権者の注目が集まるのは自然なのですが、政党としてそれらの個別政策に賛成反対をするにも、マクロ政策全般をどのような枠組みで運営するかというビジョンがあってこそです。
マクロ経済政策の枠組みを決めることは、経済政策において政党の立ち位置をはっきりさせることでもあります。「保守」「リベラル」という看板を掲げるだけでなく、経済分野において自分たちの政策が、政治理念と合致しているかも含めて議論の深化が求められます。
(連載おわり)
(※1) 雪だるま式に債務が膨らむことを「発散」といい、発散が発生する条件はいわゆる「ドーマ条件」として定式化されている。金利が成長率を上回ることに関しては日銀が国債を大量に保有する限り短期的には問題にならない。しかし長期的なトレンドでは労働力人口の低下から潜在的成長率が低下し、景気後退時には名目でマイナス成長という場面も出てくる可能性がある。長期の名目金利はおそらくマイナスに維持することは難しいので、名目成長率が名目金利を下回る時期が続き財政赤字も雪だるま式に増える懸念がある。
(※2) クラウディングアウトは、政府が景気対策として財政出動を行なった場合、景気浮揚効果の一部が金利の上昇により民間部門の投資を抑制することで相殺される現象。「流動性の罠」が発生していない通常の環境下では政府の支出増は金利を上昇させクラウディングアウトを発生させるため、金融政策で金融緩和をおこなうことがより効率的であると考えられている。MMT論者は、財政出動が財政ファイナンスで行われるので、中央銀行が国債を市場に放出しなければそもそも金利の上昇は起きない。のみならず財政出動の効果により民間部門に所得が発生することにより預金量が増えるので、短期金利が下落する「クラウディングイン」が発生すると主張している。
※本寄稿の内容は執筆者個人の見解であり、所属する政党や団体の見解・主張ではありません。
1975年東京生まれ。英国ケンブリッジ大学経済学部卒業後、外資系証券会社に入社し、東京・香港・パリでの勤務を経験。2016年、自民党東京都連の政経塾で学び、2017年の千代田区長選出馬(次点)から政治活動を本格化。財務相、官房長官を歴任した故・与謝野馨氏は伯父にあたる。2019年4月、氷河期世代支援の政策形成をめざすロビー団体「パラダイムシフト」を発足した。与謝野信 Official Website:Twitter「@Makoto_Yosano」:Facebook