EUVレジスト:マスコミが語らない「米中」「日韓」貿易紛争の深層(特別寄稿)【訂正】

宇佐美 典也

1. 本稿の趣旨

第1回第2回に続き第3回目も好評を得たようなので、今回も引き続き一連の半導体材料の輸出管理の見直しに関する分析記事を書かせていただこうと思う(テンプレ)。

これまではフッ化水素の話を中心に論じたが、今回はEUVレジストの管理強化の持つ意味について考えたい。といっても「EUVレジスト」という言葉は一般の人に聞きなれない言葉だと思うので、まずは「EUV」「レジスト」という言葉がそれぞれ何を意味するのかということから説明したい。やや技術的な記述となるがご了承いただきたい。

2.「EUVレジスト」とは何か?

コンピューターの中核を為すような高性能な半導体集積回路を作るには、シリコン基板の上にnm(ナノメートル)レベルの微細な回路パターン構成する必要がある。この製造にはフォトリソグラフィ(以下「リソグラフィ」)という手法がとられている。リソグラフィの基本的な原理は、カメラで写真を撮ってフィルムをプリントするのと同様なのだが、細かい説明はここでは避けて手順のみを説明すると、

①シリコン基板にレジストを塗布する

②マスクに描かれた回路パターンをシリコン基板に転写する

③感光したレジストを除去して現像する

④現像されたパターンに沿ってシリコン表面に凹凸を作り回路を描く(エッチング )

という具合に進められていく。つまりレジストはリソグラフィ工程において無くてはならない素材である。

EUV(極端紫外線)露光装置システムの図解(イメージ)

この時、集積回路の線幅が小さければ小さいほど集積度が増して半導体チップの性能は上がっていくことになるのだが、リソグラフィによって形成される回路の大きさは、この工程で用いられる光の波長の長さに依存する。従ってこの工程で使われる光の波長は40年程度かけて順次、g線(436nm)→i線(365nm)→KrFレーザー(248nm)→ArFレーザー(193nm)と短くなっていった。

現在の主流はArFを使ったリソグラフィシステムなのだが、これがまもなくEUV(Extreme Ultra-Violet:極端紫外線)を使ったシステムに変わる。EUVの波長は「13.5nm」と非常に短いのでこれが実現したら、まさに究極の微細加工技術ということになる。そんなわけで前段が長くなったが、とにかくEUVレジストというのは「究極の微細加工材料」ということになる。

3. EUV とサムスン、台湾、Huawei

さてではこのEUV リソグラフィをいち早く実用化する企業はどこかというと、それは韓国のサムスンと、台湾のTSMCという会社である。この2社は何をしているのかというと、他の「半導体企業が設計した電子回路を製造する」というビジネスを展開している。アパレルなどでいうところの「OEM メーカー」なのだが、半導体業界ではこれを「ファウンドリ」と呼ぶ。

EUVプロセスの構築には数兆円規模の投資がかかるので、ファウンドリ会社はほぼこの2社に集約されており、世界中の最先端半導体チップを作っている会社はこの2社のいずれか、または双方のラインを利用している。

Twitter、Wikipediaより:編集部

当然アメリカが現在目の敵にしている「Huawei」もこの2社を利用しており、アメリカは両者にHuaweiとの取引をやめるように再輸出規制の強化を通じて圧力をかけているのだが、これがうまくいっていない。例えばTSMCは「Huaweiとの取引はアメリカ再輸出規制(EARの対象外で同社との取引を継続する」との声明を5月に出している。サムスンもHuaweiとの関係が微妙なことから(*通信チップで競合関係にある)明確な態度を対外的に示しているわけではないが、大口取引先の候補をみすみす逃す手はなくおそらくTSMCに倣うだろう。

したがってこのままでは近い将来Huaweiが両者いずれかのラインを利用して5G通信向けのチップを製造することになってしまう。そうなると、じわじわとHuaweiの5Gチップが各国に広がってしまう懸念が強くなる。そこで当然アメリカとしてはなんらか他の形で両者を縛る方法を考えなければいけなくなる。

4. まとめ

このようにアメリカは自国の規制でTSMCのファウンドリビジネスにおけるHuaweiとの取引を縛ることに失敗した。そこで、おそらくは、日本政府の協力を得て日本の半導体材料を通じて両者を縛ろうという行動に出たと思われる。

したがって今回の事案は、経産省の言う通り「輸出管理制度全体の見直し」であって、対韓国貿易制裁の範疇の域にとどまるものではないと個人的には考えている。もちろんこれは推測の域を出ないのであるが、アメリカのこれまでの行動を考えれば十分理にかなった推測であろう。

フッ化水素に関する輸出管理見直しが中国の半導体メモリ産業立ち上げへの牽制の一手だとしたら、EUVレジストの管理強化はHuaweiの5Gチップ製造への牽制の一手ということになるだろう。

以上簡単にまとめると

①EUV リソグラフィはまもなく実用化が見込まれる究極の微細加工技術

②EUVレジストはその中でなくてはならない材料

③EUVリソグラフィを実用化することが見込まれる企業はサムスンと台湾のTSMC

④このうちTSMCは HuaweiのチップをOEM提供しており、アメリカはこの取引を止めようと圧力をかけたが失敗した

⑤そこでアメリカは日本の半導体材料を通じて両社に圧力をかけようとしているのではないか(推測)

というところであろう。

最後にいささか私見と苦言を述べると、現在の「米中貿易戦争」はまさしく「サイバー戦争」であるということだ。これまでは貿易戦争は戦争の前段階とされてきたが、サイバー戦争が実用段階に入ったことにより、貿易戦争とサイバー戦争は同期・直結するようになってきている。そして必然的に日本は同盟国の米国の側に立たねばならなくなっている。

このあたりの事情についてはまた別途機会があれば書きたいが、こうした時代の変化についてあまりにも日本のマスメディアは鈍感で「日本と韓国はどこで妥協点を見いだせばいいか」などという観点での表面的な報道・論評が多すぎるように思える。今後はマスメディアの取材力を生かした、より深く、示唆に富んだ報道が増えていくことを望みたい。

【25日:訂正】当初記事では、今現在サムスンとHuaweiの間にファウンドリビジネスの委託取引関係があるかのような表現をしていましたが、事実と異なるため一部修正いたしました。

宇佐美 典也   作家、エネルギーコンサルタント、アゴラ研究所フェロー
1981年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒業後、経済産業省に入省。2012年9月に退職後は再生可能エネルギー分野や地域活性化分野のコンサルティングを展開する傍ら、執筆活動中。著書に『30歳キャリア官僚が最後にどうしても伝えたいこと』(ダイヤモンド社)、』『逃げられない世代 ――日本型「先送り」システムの限界』 (新潮新書)など。