今週号のScience Translational Medicine誌に「Personalized circulating tumor DNA analysis to detect residual disease after neoadjuvant therapy in breast cancer」というタイトルの論文が掲載されていた。乳がんの術前化学療法の効果とリキッドバイオプシーの結果が関連していたというものだ。私たちも、下記のような利用方法でのリキッドバイオプシーの活用を考えているので、非常に興味深かったし、予想された内容だった。
- がんのスクリーニング (がん検診)
- 術後の腫瘍細胞残存の有無 (これによって術後の治療法を選択)
- 分子標的治療薬などの選別
- 再発の超早期診断
- 抗がん剤治療・分子標的治療薬の効果判定
技術的な課題は残されているが、2-3年後をめどに、リキッドバイオプシーの有用性を示すことができると考えている。もちろん、実用化したい。この論文の結果は予想通りなの(期待したもの)だが、検出限界には疑問が残った。採血量(論文から知る限り)も血漿からDNAを取り出すキットも同じであるので、どうしても結果には納得できないのだ。
論文には検出限界として0.003%という数字が示されていたが、これは100,000分の3に相当する。おおざっぱに言うと30,000分の1である。このブログでも何度か紹介しているが、一般的な採血量7㏄中に含まれるDNA量(われわれが同じキットを利用して得られるDNA)は20ngである。進行したがん患者さんから得られる量が数百ngを超えることもあるが、50ngを超えるケースは少ない。採血した後、血液を長時間放置しておくと、白血球が壊れてDNA量が増えることがあるが、この時点で検査としては失格である(このレベルの研究が多いのは嘆かわしい)。
この20ngはゲノムにして約6000ゲノム分(細胞数にして約3000細胞)しかない。この量を解析しても、ベストでも6000分の1が限界となる。したがって、30,000分の1の検出限界というのは、理論的には100ngのDNA(血液にして30-50 cc)を利用しなければ到達しえない数字である。論文を読む限り、日常的な採血量と記載されているし、私の米国での経験でも、日常的にこの量を採血していたという記憶はない。素晴らしい成果を誇っても、私には、なるほどとは理解しがたい数字なのである。
論文で示されている感度は印象的だが、同じような研究をしている者としては非現実的だ。この論文を読む多くの研究者は、この数字を信じ込み、議論は非現実的な方向に引きずられていく。20年ほど前、ある論文を投稿した際に、「これまでに報告されている結果と異なる」と非常に否定的なコメントを返してきた審査員がいた。米国のバイデン前副大統領が批判していたが、超一流雑誌の結果は再現性が低いそうだ。しかし、世間がレベルの高い雑誌と信じこんでいる雑誌に発表されると、多くの人はその結果を盲目的に信じる傾向にある。
私は、「報告されているデータが常に真実とは限らない。いろいろな議論があってこそ、科学は進むのではないか。間違ったデータを信じて、それに従うことを求めるのは科学者の姿勢として正しくない。もし、われわれのデータが間違っていたら、責任は私が取る」と返事した。今なら、もっと穏やかに書くかもしれないが、鼻っ柱が強かった当時はストレートに打ち返したのだ。最終的には採択してくれた編集長には感謝の念しかない。こうして、多くの敵を作ってきたのだと反省はしているし、よくこれで生き延びてきたものだ。陰のサポーター(もし、いればだが)に心の底から感謝したい。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年8月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。