NHKが2.26事件で昭和天皇に不可解な誹謗

八幡 和郎

NHKスペシャル「全貌二・二六事件〜最高機密文書で迫る」(8月15日)は、資料発掘ということではなかなか力作だったが、昭和天皇の気持ちについては、こじつけがひどく、「牽強付会」そのものだった。

NHKスペシャル「全貌 二・二六事件 ~最高機密文書で迫る」より

まず、「軍を統帥する大元帥昭和天皇は事件発生当初から断固鎮圧を貫いたとされていた。しかし極秘文書には事件に直面し揺れ動く天皇の発言が記されていた」というのだが、断固鎮圧するにしても、やみくもにそれを命令するのは危険きわまりないことである。

軍の支持が十分に得られるか、内戦にならないか慎重に見極めながらするのは思慮深い君主なら当たり前のことであって、それが「揺れ動く」という、どちらを支持するべきか迷っておられたような印象を与えるような表現を番組のメインテーマにしたのはまったくもって不適切である。

また、番組の終盤では、昭和天皇が晩年にあって、この事件と終戦の決断を印象深いふたつの思いでとして語られていたことについて、この事件において天皇がイニシアティブをとって収拾したことが、天皇を中心とした軍国主義や戦争に結びついたのではないかという思いを持たれたということでないかというような解説をしていたが、軍の一部の反乱を首相が機能しないなかで昭和天皇が収めたことがどうして戦争の原因になるのか不可思議である。このとき、天皇が関与せず軍部にまかしておけば戦争は起きなかったとでもいうのだろうか?

この番組が昭和天皇の態度に戦争の原因があったと印象操作しているのは、まことにお粗末であった。

ただ、私は昭和天皇と戦争の問題を論じるにあってタブーとする必要があるとは思っていない。今上陛下も含めて君主に対する批判が許されないのなら民主主義国家とはいえない。必要なのは、一定の敬意を保ちつつということで、それは、日常生活において目上の人へ配慮するのと同じ性格のものだろう。

さらに、戦争直後は、国体と昭和天皇の立場を護ることが、日本の独立や統一を護るうえでも国家的な課題だったから、仕方ない面もあったが、今となってはどんどん議論すればいいと思う(私は最善かどうかは別として置かれたお立場のなかで概ね妥当だったと思うが)。

ただ、その一方で、かつての天皇として、一定の敬意はなお払うべき存在だと思う。愛知トリエンアーレ事件について、津田大介氏が昭和天皇について「二代前になると、人々の記憶も『二代前だし歴史上の人物かな』みたいな。そういう捉え方もできるかもしれない」といっているのは興味深い話だ。

天皇陛下が国の象徴であるがゆえに評すべき敬意、批判はもちろん自由だが一定の自制というものが要求されないわけではない。

そして、それは崩御や退位されたら、ご在位中に比べれば同等の水準が維持されるべきだとは思わないが、やはりそれなりの敬意の対象ではあり続けるのだろう。そして、しばらくは敬語などの対象であるべきだ。

私自身はいちおう、ケースバイケースだが、中興の祖としての明治天皇以降については敬語を原則として使っている。

昭和天皇についてどうかといえば、まだ、兵士として昭和天皇のもとで戦った人たちだって多く生存しているのであるし、だいたい30歳以上の人は、昭和生まれなのであるから、一定の敬意は必要と思う。津田氏が二代前だからいいだろうと思ったとすればそれには賛成できない。


八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授