韓国側の元徴用工「1プラス1プラスα」提案
韓国の元徴用工らに対する日本企業の損害賠償責任を認めた2018 年10 月30日の韓国大法院判決を契機とした日韓関係の悪化を踏まえ、本年9月に入り韓国側から非公式に「1プラス1プラスα」なる提案がされたと報じられている。
その内容は、元徴用工を雇用した日本企業及び日韓請求権協定に基づく経済協力で利益を受けた韓国企業がそれぞれ資金を拠出し、さらに韓国政府も資金を拠出して財団を設立し、元徴用工らに支給するという案である。
日本企業の資金拠出は事実上・法律上「大法院判決容認」と評価される
しかし、上記提案に基づき、もしも、日本企業が、名目の如何を問わず、資金を拠出すれば、確定した大法院判決を事実上及び法律上「容認」したと評価される可能性が大きい。なぜなら、資金の拠出は、名目の如何を問わず、大法院判決の存在を前提とするからである。たとえ、「寄付」の形をとったとしても同じことである。
そして、大法院判決の容認は、判決の「正当性」の容認にもつながる。なぜなら、確定した大法院判決に対して不服があれば、再審請求ができるからである。再審請求をしなければ、個別の感情は別として、法的には「不服」がなく「正当性」を認めたと評価されるのである。
「大法院判決容認」は植民地支配の違法性容認につながる
大法院判決は、1965 年の日韓請求権協定の枠外の個人慰謝料請求権として、日本の不法な植民地支配に直結した日本企業の不法行為による元徴用工に対する損害賠償責任を認めたものである。したがって、上記日本企業の資金拠出が大法院判決の事実上及び法律上の「容認」と評価されれば、日本の植民地支配の違法性を認めたことにつながる。
そうすると、今後、元徴用工のみならず、およそ、植民地支配で被害を受けたと主張する韓国国民のあらゆる「権利侵害」が損害賠償の対象となり、訴訟提起が続出する恐れが極めて大きい。日本の不法な植民地支配を厳しく糾弾した大法院判決の流れからすれば、上記請求がすべて認められる公算が大きく、日本側の損害賠償額は計り知れないものになる。
したがって、日本企業による安易な資金拠出は、日本にとって極めて重大な結果をもたらすから、日本側としては、日本企業を含め「寄付」等の名目の如何を問わず、韓国側に一切の資金拠出をすべきではない。もともと、1910年の「日韓併合」には国際法上の違法性は全くないのであり、違法性を認める欧米諸国や、欧米の国際法学者は皆無である(2019年9月2日付け「アゴラ」掲載拙稿「日韓併合には国際法上の違法性はない」参照)。
「大法院判決」に拘わらず、徴用工問題は完全解決済みである
徴用工問題は、大法院判決の有無に拘わらず、実定国際法上、1965 年の日韓請求権協定によって完全に解決済みである。この日本側の立場は、大法院判決によっても何ら法的に左右されず、微動だにしないのである。
なぜなら、実定国際法である1965年の日韓請求権協定は、その交渉過程及び交渉成立後における日韓両国の膨大な関係資料から見ても、元慰安婦に対する賠償問題を除き、元徴用工個人の慰謝料請求権を含む一切の賠償問題が交渉の対象となり、上記協定にすべて含まれていることが明白だからである。この立場は、上記協定に基づき日本側から無償3憶ドルを含む総額8憶ドル(当時の韓国国家予算の2倍超)もの供与を受けた、歴代韓国政府自身も認めてきたことは上記関係資料からも明らかである。
よって、元徴用工に対する補償は、韓国側の全責任で履行すべき韓国側の完全な国内問題であり、仮にも、日本側に対して「二重払い」を強要し得る筋合いものでは到底あり得ない(2019年8月12日付け「アゴラ」掲載拙稿「徴用工問題:韓国側の主張を支持する日本共産党の問題点」参照)。
「大法院判決」を全面支持する共産党及び共産党系弁護士集団等の主張
前記の通り、日本企業による安易な資金拠出は極めて重大な結果をもたらすことが明らかである。しかし、共産党や、共産党系の弁護士集団・学者・評論家らは、韓国大法院判決を全面的に支持し、日本政府は、過去の不法な植民地支配を真摯に謝罪反省し、大法院判決に基づき日本企業が元徴用工に賠償することを妨害してはならないなどと主張している。
また、彼らは、しばしば、西松建設中国人強制連行事件最高裁判決(2007・4・27民集61・3・1188)を引用し、韓国人元徴用工についても和解すべきと主張する。しかし、上記最高裁判決は中国人労働者の請求を「訴権(裁判上の請求権)が消滅した」との理由で、全面棄却していることを忘れてはならない。
また、中国政府は日中共同声明で、一切の請求権を放棄し日本側から賠償金を一切受取っていないのに対し、韓国政府は前記のとおり、総8憶ドルもの供与を受けているのであるから、両者を到底同列に扱うことは許されない。しかも、韓国政府認定の元徴用工は22万人であり、大法院判決の一人当たり慰謝料1000万円では、補償額は総額2兆2000憶円にも達するのである。
もともと、共産党及び共産党系弁護士集団等の主張は、すべて、1910年の「日韓併合」の違法性を大前提とするものである。しかし、前記の通り、「日韓併合」の違法性は国際法上全く証明されていない。違法性を認める欧米諸国や、欧米の国際法学者は皆無である。
したがって、彼らの主張は、国際法ではなく、偏った独特の「反日イデオロギー」のみに基づくものに過ぎず、韓国をことのほか喜ばせ、日本の国益を甚だしく害するものと言う他ないから、日本政府は一切無視すべきである。
如何なる名目であれ、資金拠出は極めて危険
以上に述べた通り、韓国側の元徴用工に関する「1プラス1プラスα」提案に基づき、もしも、日本企業が、「寄付」等の名目の如何を問わず、資金拠出をすれば、大法院判決を事実上及び法律上「容認」したと評価される可能性が大きく、さらに、このことは、植民地支配の違法性の「容認」にもつながり、極めて重大な結果をもたらすことになる。
したがって、日本側としては、「寄付」その他如何なる名目であれ、資金拠出は極めて危険であるから一切すべきではない。あくまでも実定国際法である日韓請求権協定に基づき、元徴用工への補償はすべて韓国政府の全責任において履行されるべきことを終始一貫主張しなければならない(2019年9月6日付け「アゴラ」掲載拙稿「徴用工問題を解決する政府間最終合意条項私案」参照 )。
加藤 成一(かとう せいいち)元弁護士(弁護士資格保有者)
神戸大学法学部卒業。司法試験及び国家公務員採用上級甲種法律職試験合格。最高裁判所司法研修所司法修習生終了。元日本弁護士連合会代議員。弁護士実務経験30年。ライフワークは外交安全保障研究。