こんなニュースがSNSを駆け巡りました。
◎虐待リスク高いゼロ歳児 おむつ宅配で見守り 明石市(神戸新聞)
兵庫県明石市は来年4月から、市内の0歳児におむつを無償提供する方針を固めた。母子の健康状態や虐待の有無をチェックする見守り活動と組み合わせることで育児支援につなげる。同市によると、おむつの無償提供は兵庫県内初。虐待予防を兼ねた取り組みは全国でも珍しい。
子育て世帯の負担軽減が目的。事業費は約1億円を見込み、補正予算案を12月議会に提出する。
0歳児1人につき、紙おむつ1カ月分(2パック分、3千円程度)を月1回程度、市が選定した業者に宅配してもらう。おむつが必要ない世帯には、同額分のおしりふきやミルクなど子育てに使う日用品を提供することも検討する。0歳児は年間2900人程度を見込む。
これはすごい。
何がすごいか、というと、これが通常の行政福祉施策と異なり「アウトリーチ」である点です。
従来の福祉
日本の福祉は基本的には「お店モデル」です。
「もし困ったことがあったら、役所の適切な課を自分で探し、9時から5時までの間に直接訪問し、そこで申請書を手書きでしっかりと書いてくれたら、なんらかの福祉サービスを提供しますよ。待ってます。」
という型です。
これは、「自分の困っていることがしっかり分かり、役所に日中行くことができて、そこで申請書を日本語でしっかりと書ける」人にとっては、問題の無い仕組みです。
しかし、多くの困っている人は、
・自分が何に困っているか、はっきり分からない
・困っていることを、周りの誰にも知られたくない。見られたくない
・役所に行って嫌な思いをしたり、無力感を味わったことがあるので、行きたくない
・行く気になったとしても、役所に9時5時の間に物理的に行けない
・申請書を書けない。あるいは書くのに非常に苦労する
という状況で、お店モデルではそうした人たちをとりこぼしてしまいます。
そして困っている人の困りごとがものすごく大きくなったり、虐待死や自殺、暴力事件や事故などが起きてからでないと気付くことができず、その時には手遅れか、介入に非常に大きな労力がかかるようになってしまうのです。
アウトリーチ
そこで注目されるようになったのが「アウトリーチ」という手法です。
これは従来の待ちの姿勢の「お店モデル」に対し、「出張っていく福祉」の形です。
ソーシャルワーカー等が、その困っている家庭にドアノックし、あるいはホームレス等に対しては路上まで出て行き、あるいは街頭に出て行って非行少年に声がけをする、というようなスタイルです。
海外の事例をご紹介しましょう。
アウトリーチによって虐待が5割減る
アメリカでは1974年に、一時保護など早期介入を進めるための児童虐待防止法が成立しました。
しかし米国の虐待対策に詳しい山梨県立大の西澤哲教授によると、保護しても里親に定着しないなどの問題が明らかになり、2000年代に入ると予防の重要性が認識されるようになりました
特に盛んになったのがアウトリーチです。初産・低所得の家庭に2歳まで家庭訪問を続けると虐待が約5割減るなどの実証結果が積み重なり、寄付金などで活動するNPOなどが取り組みを広げました。10年、オバマ政権が5年間で約15億ドルの連邦予算を初めてつけ、今では約18のプログラムが助成対象になっています。
全乳児を看護師が訪ねる、リスク家庭に集中的に通うなど、メニューは様々。各地で子育てや福祉などの支援者が情報交換して、当事者を必要なプログラムにつなげています。(*)
こども宅食
一方、日本でも、「こども宅食」という低所得の家庭に食品を届けながら、悩みや相談に乗り、社会的資源に繋いでいくアウトリーチが、文京区において2018年からフローレンスも関わって行われています。
食品を持っていく「こども宅食」という形にしたのは、工夫の結果です。というのも、普通にアウトリーチしようとしても、例えば行政の人が何も用がないのに「こんにちは、ちょっと話を聞かせてください」とピンポンと来ても、困難な状況にある人は、「来てくれてありがとう!ようこそ!」とは思わないから。
それどころか、「怖い」「子どもを取り上げられてしまうのではないか」「面倒くさい」と拒否したくなってしまうわけです。
ただ、美味しそうな食品を笑顔で、近所に知られないように「普通に」届ける仕組みは、「会うインセンティブ」を提供できます。またその仕組みを通じて、信頼関係が築かれ、行政情報や支援も受けやすくなるのです。
こども宅食は文京区から、現在佐賀、新潟、長崎、宮崎等に広がっています。
宮崎県三俣町の社会福祉協議会の松崎さんは、こうおっしゃっていました。
「社協もアウトリーチはしないと、とずっと思っていたが、アウトリーチをどうやれば良いのか、というのは示されていなかったし、よく分からなかった。しかし、食品を届ける、というシンプルなフックを通じて、アウトリーチができる、というのは眼から鱗だった」と。
未整備のアウトリーチ
日本では、まだまだアウトリーチをしている実践例は数が少ないです。厚労省の補助メニューでも、何かの施設に来て相談を受ける、というようなものはたくさんあれど、アウトリーチに利用できる補助はほとんどありません。
今回、明石市が「おむつ配布を通じたアウトリーチ」をやり始めたのは、こうした文脈から見ると、本当に「センスが良い」と驚嘆せざるを得ません。
産後に保健師さんがやってくる「こんにちは赤ちゃん事業」は今でもありますが、「保健師さんに虐待だと認定されたらどうしよう」と、やや緊張させてしまっているケースもあります。
それに対し、産後の大変な時期に、必需品のおむつを届けに来てくれるのはとても嬉しいし、「会い方」も自然です。問題点を追求される感じもありません。
(先例はあるようですが)新たなアウトリーチメニューが明石市で生まれたことは、本当に嬉しいし、泉市長に拍手を送りたいな、と思います。
まとめ
明石市でセンスよく「おむつ宅配」が始まりまったのは、素晴らしいことです。
一方で、先進的な自治体や事業者の努力に任せるだけでなく、国がアウトリーチメニューを整備していくことが、全国にアウトリーチが広がることに繋がっていきます。
ぜひ、国はアウトリーチの制度化に取り掛かっていただけたら、と思います。
それが大きな事件が起きる前に、予防的に介入し、芽のうちに家庭のリスクを摘むことに繋がっていくのですから。
(追記)
日本のアウトリーチの先進事例、こども宅食はふるさと納税で運営されています。
応援は、以下のURLから。
(*)朝日新聞デジタル2019年8月12日「児童虐待、米国は「介入から予防へ」家庭訪問で5割減」より要約・抜粋
編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2019年11月20日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。