大統領や首相は「捨て犬」を愛する

長谷川 良

英国で12日、議会選挙が実施され、ボリス・ジョンソン首相が率いる保守党が単独過半数を獲得して圧勝した。その結果、来年1月末までには英国は欧州連合(EU)から離脱“ブレグジット”する見通しだ。

英国の選挙をフォローしていた時、ジョンソン首相とそのパートナー、キャリー・シモンズさんの周囲に1頭の犬がいるのに気が付いた。ジャックラッセルの子犬でディリンと呼ばれるという。

保守党ツイッターより編集部引用

あのボリスに愛犬がいたことを忘れていたが、同時に、面白いことに気が付いた。フランスのマクロン大統領には雄犬のネモがいることはこのコラム欄でも紹介した。会議中に、部屋の隅で立ちショする姿が写真に撮られ一躍有名になった犬だ。そのネモは捨て犬で動物ハウスで保護されていた。エリゼ宮殿入りに相応しい血統書付きの名犬でなく、捨て犬だ。同じように、ボリスのディリンも生後15週間で動物保護所にいた犬だ。ネモもディリンも偶然、その出自は「捨て犬」だったわけだ(「ファースト・ドッグの不始末」2017年10月26日参考)。

オーストリアのバン・デア・ベレン大統領にも愛犬キタ(雌犬)がいたが、2018年3月、老衰で亡くなった。寂しくなった大統領は早速、新しい犬を動物ハウスからもらっている(「ファースト・ドッグの『死』」2018年4月18日参考)。

ジョンソン首相、マクロン大統領、そしてバン・デア・バレン大統領の愛犬はその出自は名門ではなく、動物保護ハウスにいた「捨て犬」出身だったわけだ。大統領府や首相官邸に住み、世界から多くのゲストを迎える犬だから名門出身の犬でもおかしくないが、実際はそうではないのだ。

「うちの息子はハーバード大学を卒業しました」と自慢する政治家が、自分の足にまとわりつく犬は血統書付きの犬でなく、路上で捨てられたか、飼い主がいなくなった犬を好んで選ぶ。そして「動物ハウスにいた犬です」とそれとはなく話す。

多分、国民の前に、血統書付きの名門犬より動物ハウスの「捨て犬」をもらってそれを愛している大統領、首相といったイメージが国民受けするからだろう。例えば、庶民派のバン・デア・ベレン氏の場合、そうだろう。野党「緑の党」党首時代が長く、家族は旧ソ連からの移民出身者のバン・デア・ベレン氏が血統書付きの犬と散歩するより、その出自も不明な小犬を連れて散歩する姿の方が国民受けすることは間違いない。

複数の犬を飼っていた政治家としては、オバマ前大統領やロシアのプーチン大統領を思い出す。オバマ氏はホワイトハウスにポルトガルのウォーター・ドッグ、ボーとサニーと呼ばれる2頭の犬を飼っていた。プーチン氏の場合、外国から誕生日祝いに犬をもらったケースが多い。

BBCニュースより編集部引用

その犬の1頭には日本の秋田犬がいる。2012年、佐竹敬久秋田県知事(当時)がプーチン氏に秋田犬(ゆめ)を贈っている。プーチン氏は秋田犬をもらう前にブルガリア首相から既に犬(バッフィー)をもらっている。犬好きの大統領といえども、交流する外国人首脳から犬のプレゼントをもらい続けていると、モスクワの大統領官邸や私邸は犬の動物園となってしまう(「なぜプーチン大統領は犬が好きか」(2016年12月7日参考)。

ただし、プーチン氏の愛犬はほとんどが名門出だ。プーチン氏の場合、犬こそ数少ない忠実な友だ。陰謀にくすぶるクレムリンに住んでいると、タフなプーチン大統領もさすがに疲れる。愛犬は疲れたプーチン氏の心を癒してくれる存在なのだ。そのうえ、犬は絶対クーデターを画策しない。

参考までに、犬を飼っていない政治家といえば、トランプ大統領の名前が直ぐに浮かぶ。トランプ氏の周囲には犬だけではなく、猫もいない。トランプ氏の周辺には動物の臭いがしない。動物愛護協会との関係が良くないからでも、家族の反対があるからでもないらしい。本人が犬を好まないからだ。

そのうえ、トランプ氏はメディアのスポットライトが愛犬に注がれるより、自身がカメラフラッシュを受けたいタイプだから、犬は必要ではないわけだ(「トランプ大統領はなぜ犬が嫌いか」2017年11月9日参考)。

ブレグジット後の英国のかじ取りをするジョンソン首相に飼われたディリンはまだ子犬だが、大きく成長するまでダウニング街10番地に住み続けるかどうかは、英国の政情と同様、誰も分からない。マクロン大統領とエリゼ宮殿に住むネモにも同じことがいえる。大統領や首相と共に住む「捨て犬」の運命は、その飼い主の政治生命に左右されるからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年12月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。