五輪・世陸招致疑惑からゴーン事件まで!がんばるフランス司法

山下 丈

マリア・カラス邸そば

カルロス・ゴーン被告の弁護人が交替し3度目の保釈請求がなされた昨年2月、妻のキャロル容疑者は、パリ16区ジョルジュ・マンデル通りの豪華アパルトマンの1室を購入した(6月に家宅捜索)。伝説の歌姫マリア・カラスが最期を迎えたアパルトマンが同じ並びの36番地にある。夫婦の住まいは、パリ北郊のルノー本社に至便な場所にあったが、保釈後はここを社交生活の本拠とするつもりだったのだろう。

France 24より引用

隣人はレバノン武器商人

仏国籍も持つ富豪ジアド・タキエディンは、カダフィ時代のリビアとフランスの武器取引を仲介、カダフィから預かった現金を当時のサルコジ大統領のもとへ運んだと暴露した。自分はイギリス人の元妻から訴えられ、ゴーン新居と同じ建物内の600平方メートルもある自室の家具や美術品、ワイン等を差し押さえられたことがある。

カダフィ疑惑も含め数件の刑事事件の対象となっているサルコジ元大統領すら、まったく自由の身同然である。去る10月にはマクロン大統領の名代で訪日、ゴーン被告とも仏大使館で面談した。フランスの扱いはこのようだからと、キャロル容疑者が新居を準備したのも不思議ではなかった。

野党政治家の反応

前回大統領選の「台風の眼」左右二人の政治家のうち、極右「国民連合(「国民戦線」改め)」マリーヌ・ルペン党首は、「フランスは、カルロス・ゴーンを見捨てた」と政府を批判する一方、彼の行動は「犯罪的にも道徳的にも非難されるもので」、「私は彼を称賛しない」とした。

ジャン=リュック・メランション代表とマリーヌ・ルペン党首(Wikipediaより)

極左「不服従のフランス(「左翼党」から)」ジャン=リュック・メランション代表は、「人権と防御権は、階級基準に基づいて適用されるのではない」、「日本司法による虐待は、容認できない」と語った。「金持ちにも人権はある」という趣旨で、キャロル容疑者BBCインタビューの「お金持ちでも貧乏でも、基本的人権を認めるべきです」発言を想起させる。

3月パリ市長選とゴーン事件

一番影響を受けそうなのは、共和党候補者名簿トップに上げられたサルコジ時代の法務大臣ラシダ・ダティである。彼女はマグレブ(北アフリカ)系の弁護士で、ゴーンから不正報酬を得ていたとルノー株主が告発、家宅捜索を受けた。妻を株主に仕立てた大昔の極右活動家「ごろつき」弁護士による「小細工」で、自分の選挙運動に影響なしというが、現職アン・ヒダルゴ市長や天才数学者セドリック・ヴィラーニ候補に勝てるか。

「たった1年」で逃亡

フランスでも、「ゴーンは、たった1年で逃亡」とする者もいる。長期引渡交渉に焦点を当て、例えばウィキリークス創始者の一人ジュリアン・アサンジ容疑者(オーストラリア国籍)は、きたる2月25日、ロンドンの裁判所で米国引渡可否につき審理される。スウェーデンでレイプ疑惑を指摘され無断出国したのは2010年だから、実に10年間の逃亡生活だった。

居住制限と欠席裁判

ラミーヌ・ディアク氏(Wikipediaより)

ロシアのドーピング見逃し疑惑で起訴されたセネガル人の国際陸上競技連盟(IAAF)元会長ラミーヌ・ディアクと息子パパ・マッサタの公判は、この13日パリで開廷直後に6月まで延期となった。大ディアクは逮捕・保釈後、居住および出国制限を受け、パリ南郊(オルリー空港の先)の息子(小ディアクの兄)宅に足止めされ、実に4年を超過。86歳と高齢で、帰国して99歳の兄や孫達に会いたいという請願も不許可。理由は、汚職実行犯の小ディアクが母国逃亡のままだからである。

フランスとセネガルには「司法共助協定」もあるが、セネガル政府は小ディアクの引渡を拒否、事情聴取のみ行った。この調書が開廷日に届いたための延期である。ディアク父子を介して、ロシアの金はマッキー・サル現大統領(昨年6月G20大阪サミットで来日)の選挙資金と化したという。結局、フランスでは、日本にない「被告人不在の欠席刑事裁判」が行われる予定で、小ディアクは弁護人のみの出廷を準備していた。

フランスは「欠席裁判」優等生

欧州人権条約の下で、欧州評議会と欧州人権裁判所は、一定加盟国の「欠席裁判」に眼を光らせている。被告人の不在認定、弁護人、上訴、再審等に最低限の保障を求め、その優等生はフランスとされる(Questionnaire concerning Judgments in Absentia, Strasbourg 2014)。劣等生はイタリアだと同国弁護士、法改正したものの運用は旧態依然、不在被告人の人権が守られていないという。

五輪(リオ2016・東京2020)招致疑惑の連鎖

大ディアクがIAAF会長兼IOC委員時代に行った不正は、ドイツARDが取り上げたロシアの当初のドーピングもみ消し疑惑に始まる。2名のロシア関係者も不在だが、当時のIAAFドーピング責任者の仏人医師ガブリエル・ドレは罪を認め「司法取引」を申し出。法律顧問でセネガル系仏弁護士ハビブ・シセも出廷。

ディアク父子の容疑は、リオと東京の投票、ドーハ陸上と続くため、この公判は始まりに過ぎない。フランス司法は大いにブラジル側に協力してきたが、当時のリオ州知事は罪を認めたものの、伯五輪委ヌズマン前委員長とグリネル前事務局長は投票買収を頑なに否定、公判の目処は立っていない。東京五輪についても、竹田恒和JOC前委員長が仏側の正式聴取を受け、息の長い調査が続く可能性がある。

スイス司法の独自性

小ディアクの会社はスイス所在、これと電通パートナー先スイス企業との関係を疑い、仏側はスイス司法当局へ捜査協力要請したが、はかばかしい進展はなかった。スイスは独自路線志向で、仏サッカー「パリ・サンジェルマンFC」ナセル・アル・ケライフィ会長について、仏側が調査中のディアク父子とのドーハ世界陸上でなく、2026年と2030年のワールドサッカー放映権疑惑で聴取。今年は「欧州検察庁」設立予定だが、司法当局同士の意地の張り合いは続くか。

往く人、来る人

40年後に送還される者もいる。在ボリビア日本国大使館「ボリビア内政・外交(2019年1月)外交(2)二国間関係」は、「12日、1970年代に4件の殺人事件に関与したとして、1993年に伊裁判所から無期懲役の判決を受け、仏、墨、伯に亡命していたチェザーレ・バチスチ氏がサンタクルス市で身柄を拘束された。14日、ボリビア当局は同氏を伊へ強制退去させた」と記している。

チェザーレ・バチスチ氏(Wikipediaより)

バチスチは、「共産主義武装プロレタリアート」というテロ組織の一員で、刑務官・警察官・ネオファシストの精肉店主・ミラノの宝石商の殺人事件の各2件の実行犯・共謀犯とされ、有期判決後に逃亡、不在のまま無期判決を受けた。左派ミッテラン大統領時代のフランスは、イタリアからの逃亡犯を政治犯とし収監しない方針だった。

日本の読者にも人気が高い仏ミステリ作家フレッド・ヴァルガスは、彼を冤罪被害者として支援する運動を起こし文化人グループを組織、住む場所を提供し、作家としての再出発を助けた(田中千春訳『青チョークの男』創元推理文庫の訳者解説)。彼女は、今なおバチスチを支持

右派シラク大統領が就任、バチスチは刑事犯として拘束された後、南米へ逃亡。「同盟」のマッテオ・サルヴィーニが内務大臣時、ベルルスコーニ元首相の影響もあって、亡命先ブラジルに身柄送還要求。2018年末、テメル前大統領は退任直前これに応じることにした。バチスチは隣国ボリビアで逮捕され、ボルソナロ新大統領の協力でイタリアに送還された。ボルソナロは、「もはやブラジルは『盗賊の楽園』ではない」と宣言。

山下 丈(やました  たけし)日比谷パーク法律事務所客員 弁護士
1997年弁護士登録。取り扱い分野は、商法全般(コンプライアンス、リスクマネジメント、株主総会運営、保険法、金融法、独禁法・景表法、株主代表訴訟)、知的財産権法(著作権、IT企業関連)。明治学院大学法科大学院教授などを歴任。リスクマネジメント協会評議員。日比谷パーク法律事務所HP