NTTグループの共同調達を巡る「公正な競争」問題

楠 茂樹

KDDI、ソフトバンクといった約20(趣旨に賛同する事業者を含めれば約30)の電気通信事業者が共同で「NTTグループによる共同調達に係る意見申出書」(以下、「意見申出書」)を総務大臣に提出した、と報じられた(ITMedia2020年1月27日記事「KDDI、ソフトバンクなど21社、総務省に「意見書」を提出 NTTグループの「共同調達」緩和を巡り」等)。

総務省がNTTの共同調達を容認した背景

写真AC

これは昨年12月に総務省・情報通信審議会の「電気通信事業分野における競争ルール等の包括的検証」が、一定の条件下でNTTグループ企業の「共同調達」を容認する旨の「最終答申」(平成30年8月23日付け諮問第25号 )を出したことを受けてのものである。

東西のNTTが「ルーターやサーバーなどの通信機器をドコモやNTTコミュニケーションズ、NTTデータと共同調達できるようになれば、発注量が増え、発注先に対する価格交渉力が高ま」り、「グループで令和5年度に平成29年度比で8千億円のコスト削減を計画するが、さらに効果を上乗せできる公算が大きい」(産経新聞2019年10月18日「巨大NTT復活へ 総務省が共同調達を容認方針」)とされる。

「NTT持ち株会社とNTT東西を合わせた調達額のグループ全体に占める割合も、かつての8割程度から2割程度に下がっており、共同調達しても以前のような巨大な影響力はな」(同)いことが、共同調達を容認する背景にあるという。

通信のメガ企業であるNTTグループ各社は民営化後の事業分割によって誕生したが、グループ全体での機器等の共同調達を認めるとその購買力が圧倒的なものとなり、他社は太刀打ちでできない、という理由でこれまで共同調達が認められてこなかった。

NTTは、日本電信電話株式会社法の一部を改正する法律附則第3条に基づき旧郵政大臣(現総務大臣)が定める基本方針に従い、実施計画を作成し、認可を受けなければならないとされ、当該承継計画に従い、各事業会社へ事業等を承継している。

その際の公正競争条件として、NTT及びNTT東西は、NTTコミュニケーションズと共同して資材調達を行わないことを定めている(なお、その後の当該基本方針について旧郵政省が公表した考え方において、これら地域会社とNTT データ、NTT ドコモとの共同調達等に関しても同様の考え方が当てはまるとされている)(最終答申52頁注15参照)。

共同調達は「公正な競争」を確保?阻害?

しかし今では多くの有力な通信事業者が育ち、それなりの競争環境が整ってきたことから(一定の条件下における)共同調達の緩和に踏み切るというのである。つまり、それは「公正競争条件の整備の観点」(同52頁)から許される、ということだ。

製品の差別化があまり進んでいない場合、ライバル企業の低コスト調達は脅威となる。価格の勝負となればコストがものをいうからだ。NTTグループが共同調達によってコスト低下を実現すれば、競合他社にとって面白い訳がない。

当然ながら、政策としてものを語るとき、「自分(たち)が困るから止めてくれ」という主張が通る訳がない。それはただの圧力団体のやることだし、あるいはただの陳情だ。上記20社の言い分の政策上の根拠は、最終答申でも強調された「公正競争」にある。

「最終答申」は、NTTグループの共同調達容認の正当化根拠を以下の通り記している(52頁)。

…NTT 再編時等と比較して禁止行為規制等の公正競争を確保するための一定の規律が整備されていることを踏まえれば、NTT グループの強い購買力を背景とした公正競争の阻害を防止するという NTT グループの共同調達に係るルールの趣旨は引き続き維持しつつも、公正競争を阻害しない範囲において例外的に共同調達を認めることは、調達コストの低減等の効果を通じて、利用者への利益の還元が期待されるとともに、グローバル展開や先端的な研究開発に対する投資の促進に資すると考えられる。また、上記のスキームを通じ、希望に応じて他の事業者も含めた共同調達が行われることにより市場の活性化が期待される。

意見申出書は、最終答申では「公正競争を阻害しない措置」について「具体的なデータや根拠が示されておらず、議論が十分でな」く、「公正な競争環境が後退し、来る5G時代において利用者料金の高止まりやイノベーションの停滞が起こる」との懸念を示しつつ、「公正競争の確保のために必要な議論の実施」「『公正競争を阻害しない範囲』での共同調達実施に係る審査・認可基準などの運用ガイドラインの策定」を総務大臣に求めている。

最終答申では「調達コストの低減等の効果を通じて、利用者への利益の還元が期待されるとともに、グローバル展開や先端的な研究開発に対する投資の促進に資すると考えられる」という。KDDIやソフトバンク等によればNTTグループの共同調達を容認すれば「公正な競争環境が後退し、来る5G時代において利用者料金の高止まりやイノベーションの停滞が起こる」という。

一体どっちなのだろうか。

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共同調達は「NTT一強」を促進する?しない?

ユーザー目線で眺めると、上流段階でコストが安くなれば、その分、下流段階での価格低下を期待するだろう。そうでなければ「浮いた分」での研究開発投資を期待するのが自然である。それは当然ながら、一定の公正な競争環境が整っているという前提で、である。おそらく批判的なスタンスの企業は、NTTグループが上流段階で(コスト上の)競争優位を確立させてしまうと、整いかけた、維持してきた「一定の公正な競争環境」が破壊されてしまう、と考えているのだろう。

そうすれば、NTTグループ以外の通信会社の競争力が低下してしまい、「一強」を招く。それは結果、高コスト体質による(あるいは独占的地位による)ユーザー負担の増大、イノベーションの停滞による我が国の通信産業の成長を結果として減速させることとなり、「来る5G時代」における我が国の「出遅れ」を招くと、いいたいのだろう。

NTTの共同調達は「一強」を促進するのか、しないのか。

支配的事業者側の理屈は大抵、イノベーションの進展が速い業界では支配的事業者といえども常日頃から研究開発への投資を怠たることはできない、という。「一強」は常に一時的なものだ、という。

一方、意見申出書では「NTT グループ内で設備・仕様の共通化が図られることにより、NTT グループ内では、早く、安価に設備利用が可能となる一方で、競争事業者では、仕様の違いによる新たな開発が伴い、期間や追加費用が必要になるなど、不公平な接続条件がもたらされることにな」ると指摘している。これは「一強」を構造的に安定化させる要因だ、ということなのだろう。

確かにNTTの構造上の優位性という観点を併せ考慮しなければならない。

だからこそ、次の最終答申の記述が重要になってくる(52〜53頁)。

…公正競争を確保する観点からは、NTT グループにおいて、公正競争を阻害しない範囲での共同調達の実施に関する方針の策定、共同調達の状況の公表等の自主的な取組を行うとともに、共同調達を求めるに当たり、総務省において公正競争への影響等を検証することとし、NTTに対して共同調達の運用状況等に関する定期的な報告を求める等の担保措置が必要である。

最終答申の公表からやや時間が経った今、KDDIやソフトバンク等が意見申出書を出したのは、総務省の動きが鈍く、NTT任せになっているのではないか等の疑念が高まり、相当のストレスを感じたからであろう。はっきりとした方針が見えないまま、なし崩し的にNTTグループの共同調達が認められるのではないか、そういう意識が強くなったのだろうか。

最終答申は「公正競争」を142回、「公正な競争」を38回使用している。もちろん、検証結果のすべてが批判されている訳ではないものの、その内容について鍵概念である「公正(な)競争」に疑念が抱かれてしまったのは、イノベーションの展開が速い分野に係る競争政策の難しさをよく物語っているのだといえよう。

ただ競争政策という言葉は6回だけしか使用されていない。競争政策の中心的立法である「独占禁止法」という言葉は出てこない(プライバシー保護との係りで「競争法」という言葉が一度登場する)。

公取はどう対応するのだろうか?

最終答申では、共同調達の容認の背景として、「NTT 再編時等と比較して禁止行為規制等の公正競争を確保するための一定の規律が整備されていること」を挙げている。規制云々については専ら電気通信事業法(及びNTT法)がその対象として検討されている。

複数事業者による共同調達は、それが競争制限的な性格を有すれば、独占禁止法上の不当な取引制限規制違反の疑いが生じる。場合によっては他の違反類型の問題にもなり得るだろう。独占禁止法の問題にならないとしても競争政策上の懸念は存在する。得られるメリットと競争制限のリスクの比較考量に依ることになろう。公正取引委員会は何もしないのだろうか。

通信分野を所管するのは総務省だが、独占禁止法と競争政策全般については公正取引委員会である。規制産業の「縄張り争い」はかつてから問題になっているが、このNTTグループの共同調達の問題について、公正取引委員会はどのように反応するのだろうか。なお、最終答申公表の3ヶ月前には、総務省と公正取引委員会とが共同で「電気通信事業分野における競争の促進に関する指針」の最新版を公表している。

付言すると、最終答申にある、共同調達の「スキームを通じ、希望に応じて他の事業者も含めた共同調達が行われることにより市場の活性化が期待される」という記述は、独占禁止法の観点からすれば、やや勇み足な記述ではないだろうか。共同調達については競争相手に与える影響のみならず、取引相手に与える影響もまた考慮しなければならないのだから。