新・今上陛下は明智光秀の子孫だった

八幡 和郎

アゴラに「今上陛下は明智光秀の子孫だった」(2017年10月2日)という記事を載せたことがある。NHK大河ドラマ『麒麟が来る』の放送が始まったので、それを改訂し詳しく提供したい。

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これは、もともと『「系図」を知ると日本史の謎が解ける』(青春新書)という本に書いた。

女系をただると、今上陛下の先祖には平清盛や蘇我氏、豊臣氏のDNAが流れているのが分かるのだが、明智光秀の血もしっかり流れている。

明智光秀の子孫といえば、細川護煕氏が大津市坂本の西教寺にある光秀の墓に参ったりしているのでそうかと思うが、細川家は六代前にガラシャの血を引く宗家が断絶し、細川忠興の側室の子孫に移っているのでガラシャの子孫ではない。

それに対して、今上陛下はガラシャと明智光秀の子孫であるようだ。関ヶ原のときに、嫡男忠隆の正室はガラシャとともに自決せずに、実家である前田家屋敷に避難したのだが、これが気に入らなかった忠興は、忠隆を廃嫡した。

その忠隆の娘で西園寺家に嫁いだものがあり、広幡家を経由して正親町雅子が孝明天皇の母となった。

したがって、この系統から、今上陛下は明智光秀、細川忠興、前田利家の血を引いている。

さらに、細川忠興とガラシャの娘に多羅というものがあり、これが豊後臼杵藩主稲葉一通に嫁し、その玄孫が公家の勧修寺家に嫁し、その孫の勧修寺婧子と光格天皇の子が仁孝天皇であり、その孫が明治天皇だ。

そういう意味で少なくとも二重の系統で現在の皇室には明智光秀の血が入っているのである。また、この系統には、織田信雄の系統も途中で入っているので織田信長につながり、さらに、蜂須賀家、北畠家、池田家、そして德川家康にもつながる。