新型コロナウイルスの感染拡大措置として、英国では3月23日から不要不急の外出禁止令が出ている。生活必需品を扱うスーパー、食料を販売する小売店、薬局、銀行などをのぞいて、商店街のほとんどが閉店状態だ。図書館、博物館、教会、スポーツクラブも閉鎖中。レストランやカフェはテイクアウト専門でのみ、営業できる。働いている人は自宅勤務が奨励されている。
ビジネスを停止せざるを得なくなった企業は、従業員を解雇するべきかどうかの選択を迫られた。しかし、コロナで影響を受けたビジネスがどんどん人を解雇してしまうと、経済への打撃が大きすぎる。
そこで英政府は複数の経済支援策を出しているが、そのうちの1つが「雇用維持スキーム」である。
これは、企業が従業員(フルタイム、パートタイム、派遣社員を含む)の雇用を維持し、自宅待機(一時解雇)状態とした場合、その従業員の給与の最大80%(月額最大2500ポンド=約33万円)を政府が肩代わりする制度。支援は3月の給与分から計算され、6月末まで続く。最短では営業日6日で企業あるいは従業員の口座に資金が入ることを目指している。
20日、雇用維持制度の申請受付が始まった。
初日分では130万人の被雇用者を支援
政府の発表によると、受付初日、申請した企業は18万5000社に上った。これで約130万人の給与に補助金が出ることになる。担当部署となる英国歳入関税局の試算では、初日分で15億ポンド(約1990億円)に相当するという。
申請件数は今後も伸び続ける見込みだ。英商工会議所(BCC)の調べによると、加盟企業の70%が従業員の一部を自宅待機にしているという。
BCCのアダム・マーシャル事務局長は、リシ・スナク財務相にあてた書簡の中で、支援の期限(6月末)を延長するよう求めた。現在のロックダウンは5月上旬に見直しをすることになっているが、もし6月に解除された場合、直後に支援がなくなると経営が危なくなる企業が出てくるからだ。
従業員を自宅待機とした業界は幅広い。新聞業界、外食業者(マクドナルド、KFCなど)、衣料ブランド(オアシス、ウエアハウス、トップショップなど)、航空会社(英国航空、イージージェットなど)など。
サッカーのプレミアリーグでは、ボーンマス、リバプール、トッテナムが、当初この制度の利用を発表したものの、著名プレーヤーに高額報酬を支払っていることから批判の嵐となり、利用しないことを決めている。
なお、自営業者に向けた同様の制度は5月中旬以降、稼働予定だ。
ほかの企業支援策は
このほかに政府が繰り出した企業支援策としては、企業の規模によって、「”’コロナウイルス・ビジネス中断貸付スキーム”’」、「”’コロナウィルス・大手ビジネス中断貸付スキーム”’」、「COVID-19 企業金融ファシリティ」などがある(COVID 19=コービッド・ナインティーン=とは、新型コロナ感染症のこと)。この3つを合わせて総額3300億ポンド(約43兆円)に上る。
コロナウイルス・ビジネス中断貸付スキームは年商が4500万ポンド(約59億円)未満の企業が対象で、6年間、上限500万ポンド(約6億円)の貸し付けを含む金融支援を受けられる。
コロナウイルス・大手ビジネス中断貸付スキームは、年商4500万ポンド以上の企業が対象。年商が2億5000万ポンド(約331億円)以上であれば最大5000万ポンド(約66億円)まで、それ以下であれば、最大2500万ポンド(約33億円)までの金融支援の申請ができる。
COVID-19 企業金融ファシリティは、イングランド中央銀行が大手企業の短期負債を買い取る仕組みだ。
このほか、従業員がコロナウイルスに感染して病欠となった場合、その給与(2週間が限度)を政府が負担する。また、小売業、ホスピタリティ―業、レジャー業の企業の場合、2020-21年分の法人税の支払いを免除される。
中小企業で「貸付スキーム」を利用できたのは一握り
しかし、貸付スキームが必ずしも政府の狙い通りには進んでいないことが、明らかになってきた。
英政府がコロナ感染措置のために外出の自粛を呼びかけたのは、3月中旬。外出禁止令、小売業閉鎖令が出たのは同月23日である。貸付スキームの詳細を財務省がまとめ、公表したのが同じく23日であった。
準備期間が短かったこともあって、金融機関は実施作業に手間取った。ほかの金融機関との間で同様のスキームを申請していないどうか、企業の信用度はどうかなどの確認に時間がかかってしまった。
手続きの簡素化が行われ、4月に入ってようやく資金が企業側に到着することになったが、金融支援の承諾を得た企業の数が極度に少ないことが分かってきた。
金融業界が4月中旬に明らかにしたところによると、これまで英国内の中小企業から28万件もの申請があったにもかかわらず、貸付スキームにゴーサインが出たのは6000件のみ。中小企業の総数は約590万で、非常に少ない数字だ。
スキームが思うように進まない理由の1つとして、もし貸付が返済できなくなった場合の政府保証が貸付額の80%に限定されている点だといわれている。スナク財務相は「100%の政府保証は考えていない」と繰り返し述べてきた。
しかし、この方針は変わる可能性がないわけではない。
このスキーム自体が当初、中小企業を救うために考案されたものだったが、「大企業はどうするのか」という非難の声が上がり、コロナウィルス・大手ビジネス中断貸付スキームができた。また、一時解雇となった従業員の給与支援も、当初は会社員を想定していたが、「自営業にも拡大されるべき」という声が出て、実際にそうなった経緯がある。
野党・労働党や英商工会議所は「100%の政府保証」を求める声をあげている。
低所得層向け手当申請が急増
国民の窮状ぶりを示すのが、低所得層向けの手当「ユニバーサル・クレジット」(児童手当、住宅手当、収入補足手当など)への申請件数の急増だ。
雇用年金省の発表によると、3月中旬から月末までの間にユニバーサル・クレジットを申請した人は95万人に上った。通常であれば、申請件数は10万人ほどだという。もし申請者を失業者として計算した場合、英国の失業率は直近の3.9%から6.7%に上昇する。失業者が134万人出た計算だ。ただし、実際には低賃金で働いている人、一時解雇になっている人も含まれているという。
慈善組織「Turn2Us」の調査では、自営業者、シングル・マザー、18歳から25歳の若者層はすでに雇用が保障されにくい職に就いている傾向があり、コロナ発生による経済不況に影響を受けやすいという(BBCニュース、4月20日付)。ユニバーサル・クレジットの申請者は350万人にも上るのではないか、と予測している。
どこまで、政府は支援を続けるのか
英政府は、毎日、閣僚一人と医療サービス高官、科学顧問とが出席する記者会見を官邸で開催している。
22日の記者会見で、イングランド主任医務官のクリス・ウィッティー教授の発言が大きな注目を浴びた。
いつ外出禁止令が解かれ、感染しないように他者との距離を取る「ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離)」政策が終わるのかと聞かれ、そのためには「ワクチンと効果的な薬が見つかる必要がある」と答えた後で、「ソーシャル・ディスタンシングはしばらく続く」と補足した。感染者数・死者数がピークを越えた後でも、「すぐに前のようにはならない」と。
ビジネスが「全開」状態とならない時期が長く続くとすると、政府の支援を必要とする領域はますます広がる。今でさえも、支援額を拡大させるべきという声が強い。
しかし、拡大するばかりの政府支援に、筆者は一抹の不安を感じる。「今は、巨額を費やしても支援を提供するべき時だ」、とスナク財務相は述べ、腹をくくっているようなのだが。
誰にも正解が分からない世界に、私たちは今生きている。
ほかの欧州諸国ではロックダウンを緩和する兆しが見えてきたが、英政府は「社会的距離政策の維持」と「税金を使って支援を提供する」の2本立てで進んでいる。
編集部より;この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2020年4月27日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。