今月18日、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の生誕100年目を迎えた。ポーランド出身のローマ教皇就任は欧州が東西に分裂していた冷戦時代の終焉に大きな役割を果たしたことは間違いない。冷戦時代、ポーランド統一労働者党(共産党)の最高指導者ウォイチェフ・ヤルゼルスキ大統領でさえ、「わが国はカトリック教国だ」と認めざるを得なかったという話は有名だ。クラクフ出身のカロル・ボイチワ大司教(故ヨハネ・パウロ2世)が1978年、455年ぶりに非イタリア人教皇として第264代教皇に選出された時、ポーランド国民は「神のみ手」を感じたといわれているほどだ。
近代教皇の中で27年間の最長在位期間(1978年10月~2005年4月)を誇ったヨハネ・パウロ2世は2014年4月、教会の近代化を促進した第2バチカン公会議の提唱者ヨハネ23世(在位1958年10月~63年6月)と共に聖人入りした。同2世は死後9年で聖人に列聖されたわけで、教会で同2世が如何に異例の扱いを受けてきたかが分かる。同2世は27年間の間、世界130カ国、104回の外遊をこなし、「空を飛ぶ教皇」として教会内外で愛されてきた。
ヨハネ・パウロ2世生誕100年を祝う記念行事、礼拝が18日、世界各地で挙行された。バチカンニュースは同日、ヨハネ・パウロ2世生誕100年を記念し、同2世の功績をたたえるニュースを特集していた。フランシスコ教皇は同日、記念礼拝で「ヨハネ・パウロ2世は教会とポーランドにとって神の贈物だった」と述べている。
ところで、その「神の贈物」と称えられたヨハネ・パウロ2世時代にポーランド教会で聖職者の未成年者への性的虐待事件が多発し、教会側がその事実を久しく隠蔽してきたことが明らかになってきている。同2世の27年間の在位期間は、ポーランド教会が欧州教会で最も影響力を誇ってきた時期と共に、聖職者による未成年者への性的虐待事件が多発した時期とも重なるのだ。
このコラム欄でも既に報じたが、ポーランド教会の聖職者の性犯罪を描いた映画「聖職者」(Kler)はタブーを破った。同国の映画監督ヴォイチェフ・スマジョフスキ氏は映画で小児性愛(ペドフィリア)の神父が侵す性犯罪を描いた。同映画は2018年9月に上演されて以来、500万人以上を動員した大ヒットとなった。それに呼応して、教会の聖職者の性犯罪隠ぺいに対して批判の声が高まっていったわけだ(「欧州の牙城『ポーランド教会』の告白」2018年11月23日参考)。
そして第2弾として、ポーランドで聖職者の未成年者への性的虐待を描いたドキュメンタリー映画「かくれんぼ」(仮題)が今月16日、ユーチューブで公開されたばかりだ。既に200万人以上が観て、大きな反響を与えている。同映画は、神父の未成年者への性的虐待を知りながら沈黙してきた同国中部カリシュ教区のエドワード・ヤニカ司教を批判している。それに対し、同教区は「批判は根拠がない」と否定している。
ポーランド教会最高指導者ポラク大司教は「教会内の聖職者の性的犯罪を看過できない」として、フランシスコ教皇の方針に基づき、バチカンによる調査を要請している。同大司教は、「映画の内容は大多数のカトリック神父たちの事実を正しく伝えているとは思っていない」と述べ、性犯罪を犯した聖職者はあくまで例外だという認識を明らかにしている。
ちなみに、同国教会司教会議は昨年3月、1990年から2018年の過去28年間の聖職者による未成年者への性的虐待件数を公表した。382人の未成年者が性的虐待を受けた。そのうち、15歳以下は198人。そのほか、243人の犠牲者が報告されているが、未確認として処理されている。
興味深い点は、同ドキュメンタリー映画がヨハネ・パウロ2世生誕100年に合わせて公開されたことだ。聖職者の性犯罪を隠してきた教会指導部への抗議の意思表示だけではないだろう。聖人に奉られ、批判がタブーとなってきたヨハネ・パウロ2世の功罪への再考を促す狙いが秘められているのではないだろうか。同2世時代、多くの聖職者の性犯罪が発生しているが、その事実が明らかになったのはべネディクト16世時代に入ってからだ(「元法王と女性学者の“秘めた交流”」2016年2月19日参考)。
バチカンは2019年2月、聖職者の未成年者への性的虐待問題を協議する「世界司教会議議長会議」を開催した。バチカンの過去への「積弊清算」だ。同じように、欧州カトリック教会の牙城を誇ってきたポーランド教会も過去の「積弊清算」は避けられないだろう。
懺悔室で信者の罪の告白を聞くのには慣れてきた聖職者が今、自らその懺悔室に入り、過去の「積弊」を告白し、清算しなければならない。平信徒がミサ後、懺悔室で告白する内容はほとんど性的問題だという。聖職者の場合も例外でないわけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年5月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。